1999・3 Vol.32

特集2

祭りのあと、
一人ひとりの
文化活動が始まる
10月26日、第13回国民文化祭・おおいた98が終わった。
「文化するけん、大分県!」を合言葉に、
平松知事が豊の国文化立県を声高らかに宣言した。
文化をする人、文化を見る人、それぞれが
自分なりのスタイルで文化を楽しむ。
国民文化祭を契機に、県内各地で文化活動への試みが始まった。
一人一文化運動のスタートだ。
東九州音楽振興会
手づくりの若者文化
10月17日、台風が吹き荒れ、野外特設ステージの設営は本番当日となった。中津を舞台とした国民文化祭「アジア若者音楽フェスティバル」の野外コンサートを企画運営したのは「東九州音楽振興会」だ。平成10年2月に結成、中津市近郊の元気なバンドマンからなる。

 国民文化祭のPRのため、八月から毎週のようにミニライブを続けてきた。野外コンサートには、予選を勝ち抜いたアマチュアバンド10組と延べ1,500人の観客が参加。演奏する人と聴く人が一体となり、ステージは大いに盛り上がった。

 会員たちは、これまでもライブ活動を続けてきたが、活動は限られていた。若者文化を地域に定着させるには、地域の人に理解してもらうことも必要だ。
「『みんな連れておいで』と言ったんです。国民文化祭だから、親も先生も地域の人も。実際に見てもらえば、やってることは違っても、頑張っていることを理解してもらえるから」と、中津市実行委員会事務局を務めた笹原中津文化会館係長は振り返る。
 自分たちの音楽を一度に理解してもらえるとは思っていない。時間を掛けながら分かりあえるようになりたい。だから、国民文化祭が終わっても東九州音楽振興会の活動は続く。バンドクリニックやセミナーで、会員同志で技を磨きながら、地域に飛び込んでいる。12月20日には三光村の特別養護老人ホーム・望箭荘でチャリティーコンサートを開いた。テーマは、”形のない贈り物”。日ごろ生の演奏を聞く機会の少ない人たちと音楽の楽しさを共有したいとの願いを込めた。音楽は世代を超えて伝わるもの。入所者の楽しそうな顔を見ると、これからもチャリティーコンサートを続けていこうと意欲が湧いてくる。3ヶ月に1回程度の施設開催を、数年後には施設のお祭りまでに発展させたい。国民文化祭のような野外ライブコンサートも開いていきたい。夢はどんどん広がる。
「大きなことをやろうとは思わない。自分たちの思いを企画し、手づくりで運営していきたい」と山中東九州音楽振興会会長は意欲をみせる。

やまくに連句の会

みんなで作る楽しみ
 松尾芭蕉が芸術の域まで高めたといわれる連句。山国町にも大正末まで、神社に奉納するための座があったが、文芸としての連句は衰退していた。

  山国町に「やまくに連句の会」が発足したのは、国民文化祭・文芸祭の開催が決定した平成7年の秋。それまで短歌や俳句を嗜んでいた人たちが集まった。国民文化祭は全国から連句の愛好家210人が参加して開かれた。5から7人で座をつくり、32座それぞれが実作を通して交流を図った。

 連句は、五七五(長句)と七七(短句)とを規則に従い交互に連ねるもの。「二の句がつげない」「挙げ句の果て」などの慣用句は、連句から生まれたものだ。歌仙(三六句)や半歌仙(一八句)と呼ばれる略式でも、一巻作り上げるのに三時間は掛かる。文音といわれる手紙やファックスでやり取りをする方法もあるが、仲間と顔を合わせて作るのは楽しい。毎月1回は実作会を開いている。

  この日の課題は、『満目の枯れ木定まり湯のけむり』。「連句に描かれる風雅の世界に、気分を高めて望んでいます」と副会長の徳丸さんは話す。

 本耶馬渓町や三光村からも参加して、実作会が始まった。一句作るごとに捌(さばき)と呼ばれる選者が、座員の句をすべて吟味選定し、前句に連ねていく。句の選び方では、思いもよらぬ世界が展開する。
「県内には、ここ以外にも連句の会がいくつかありますが、まだ未開拓の分野。『大分県連句大会』をぜひ開いて、盛り上げていきたい」と水谷会長は目を輝かせた。
  半歌仙「湯のけむり」の巻

オ 満目の枯れ木定まり湯のけむり

  冬の田くぐり韻く水音

  金髪も蹴鞠遊びの輪の中に

  第一ゲート無事に通過し

  三世代想ひおもひに月を愛で

  爪くれないの磯に早咲き

ウ 豊作の宴に地酒が振る舞はれ

  皆横向く長い挨拶

  なんとなく艶あるような素振りされ

  胸の細道イザ通りゃんせ

  ドタキャンの午後のコーヒー苦しくて

  天神様のみくじ末吉

  打ち水の溜まりに捕らふ月の揺れ

  河川プールの子等の歓声

  感動のオリンピックはかねまみれ

  朝の日課の散歩変わらず

  大関の髷に降りしく花吹雪

  空のまほらに揚げひばり鳴く

    ※取材の日に作られた作品。

水谷純一郎捌

佐々木均太郎

渡辺スヱ子

徳丸伊都子

水谷純一郎

森山アヤ子

アヤ子

伊都子

伊都子

スヱ子

純一郎

伊都子

アヤ子

伊都子

スヱ子

アヤ子

スヱ子

アヤ子

伊都子

オ、ウは、連句の構成で表と裏を表す。


emoスタッフ

文化活動を支える力
 国民文化祭では、延べ5,000人のボランティアが活躍した。事業運営、広報、環境美化、会場案内、国際交流などその分野は広い。

 国民文化祭のメーン会場となった県立総合文化センターでも、その後のセンターの自主事業を、「emoスタッフ」といわれる50人の方々が支えている。県民の方に文化活動の一端に積極的に参加してもらおうと募集したボランティアで、大学生や社会人などからなる。入場券もぎり、フロア案内、扉対応、アナウンスなどを担っている。  研修は、二班に分けて9月から10月に掛けて実施した。東急文化村企画運営部の角屋里子マネージャーのもとで、挨拶や気配りなど接客の基本から、もぎりやフロア案内など各ポジションの基本動作まで指導を受けた。あらゆる場面を想定してのシミュレーションも行われた。10月28日オーケストラの公演でデビュー。人と接する活動だから、あとは実践を重ねることが研修だ。
 開場前のミーティングでは、配置の確認から公演の内容、遅れてきた客への対応、そして観客席のシートの確認まで、一つひとつ丁寧に行われた。開場後は、様々な場面で観客に応対。ボランティアであるという甘えは効かない。デビュー前、emoスタッフに応募した動機について、「裏方でも最高の音楽に触れられるから」、「文化活動の手伝いがしたいから」と話してくれた。今は、「お客さんの喜ぶ姿がうれしい。どんどんお客さんに来てほしい」とその活動にやりがいを感じている。「もっともっとここで文化に触れてほしい」とスタッフの1人、中城さん。「観客としてのマナーも含めて、芸術・文化との付き合い方を知ってほしい。私たちも一所懸命お手伝いします」と微笑んだ。