| 新たな時代を歴史に学ぶ |
| ローマ人の物語 |
| 平松 塩野さんはこれまでもローマに関する多くの著作を出版されて
おり、私は大のファンです。平成四年からは一年一作のペースで「ローマ人の物語」を刊行され、日本や韓国などでもベストセラーになっているようですね。全一五巻の完成は2006年ごろと聞いております。なぜこれほどまでにローマに魅かれるのでしょうか。
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| 塩野 歴史上、多くの民族が自分たちの文化や宗教、生活習慣を保ち
ながら一緒に暮らしたのは、ローマ帝国だけなんです。仮にインド独立の父ガンジーが古代ローマ帝国にいたとすれば、元老院(現代の国会)に議席を与えられ、インド総督にもなれるシステムが存在したことです。大英帝国では、ガンジーはあくまでインド人で、どれほど巧みに英語が話せてもイギリス議会に席を持つことはできないし、インド総督になることもできません。 |
| 平松 こういうシステムは、ローマ法の「合意は拘束する」という原
則にも見られるように、多神教、多民族等を容認しながら、本国と属州を平等に統治するというローマ人特有の知恵に由来するものでしょうか。 |
| 塩野 意外と偶然に起こり、伝統的な理念として定着したと思います。
初代ロムルス王の頃のローマは、はぐれ者の男たちの集まりでした。 ローマ市の建設にあたりサビヌス族の女性を略奪し、正妻にしたんです。戦争が始まっても、正妻になっている女たちが間に入り和平が結ばれるわけです。次第にこれがいいと皆んなが気づくようになり、伝統になっていったのです。 |
| 平松 法律だけではなく、やはり腕力も背景にあったわけですね。ローマ人は必ず自分たちが勝ってから平和条約を結んだと言われていますね。
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| 塩野 やはり勝つことが一番の名誉であって、それだからこそ譲れた
のでしょう。かつてそのような生き方が西欧にあって、それが現在まで脈々と続いていることを伝えたいのです。 |
| 平松 ところでローマは、属州をどんどん拡大して、最後のローマ皇
帝は辺境の属州出身者がなり帝国を維持しましたが、各植民地が次々に独立して解体していった大英帝国とは異なりますね。
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| 塩野 実は「ローマ人の物語第九巻」は属州出身の皇帝を書くんです。
トライアヌスとハドリアヌスを取りあげます。二人とも属州のスペイン出身ですが、ローマ人なんです。だから自分の生まれた地方に利益誘導するなんてことはしない。志を共にする人の世界であり、共同体の利益が個人の人権に優先する世界です。
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| 平松 キリスト教一神教のヨーロッパ文明は、このようなローマ文明
の影響を当然受けていると思われますが、超えたと言えるんでしょうか。 |
| 塩野 啓蒙思想を反映したフランス革命で、個人の人権が共同体の利
益より優先すると高々と打ち上げた時、ローマを超えたと自負しています。それが今、ユーゴスラビアというかつてはローマの属州の地域紛争にヨーロッパ文明をかけて対応しています。難民という問題に対して、「人権」や「自由」といった個人の大権を優先しながら、パックスロマーナ的な解決策も必要ではないしょうか。 |
| 平松 こう考えると決して2000年の昔も過去の話ではないのですね。新たな展望には、常に歴史を学ぶことが必要ですね。 |
| 塩野 歴史を知ることは大切だが、歴史にとらわれることはよくない。
とらわれないためには歴史を知ることが大切です。 |
| 平松 ところで、予告編で悪いのですけど、やはりギボンの言ってい
るようにキリスト教がローマ帝国を破壊したんでしょうか。 |
| 塩野 その説は一理ありますが、私は少し違うように考えています。(まだ仮説ですが)布教からキリスト教化されるまで300年あります。初めの200年は、まだ生き方を共にする人が味方の世界でした。キリスト教がひろまってきたことで、キリスト教信者かどうかでローマ市民が分けられるようになった。ローマ世界以外の蛮族も同じように分かれ、敵味方の境界が曖昧になってきたんです。 |
| 平松 共同体としての独自性がなくなったわけですね。 |
| 塩野 三年間くらいかけて多くのエピソードで実証して、これから書
く予定です。 |
| 平松 楽しみにしています。 |
| 現実をみせる教育 |
| 平松 講演で、イギリスのBBCテレビの動物ドキュメントは、生存
競争の激烈な現実を包み隠さず、また残酷な殺戮場面も放送しているが、日本ではそういう場面は放送しないと述べられていますが、どうも今の日本の子どもの教育に通じるところがあります。もう少しみんなが現実をよく見ることが必要だと思いますが。 |
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| 塩野 「ニュールンベルク裁判」という映画で、死刑にされたドイツ
高官夫人役のマレーネデートリッヒが、裁判長役のスペンサートレーシーに「われわれドイツ人は、ヒトラーやナチがやったことを知らなかった。強制収容所の事は知らなかった」と言うんです。これに対し裁判長が「見たくないと思うとそのうちに見えなくなってくる」と言う。今の日本人はちょうど同じ状態に陥っていると思います。
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| 平松 子どもっていうのは美しく清らかで、動物は可愛いいものと思っているうちに、それしか見えなくなるんですね。
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| 塩野 私も動物ドキュメントが好きでよく見ています。ライオンはグループで狩りをするから百獣の王なのです。つまり組織力を持っているから強く、生き延びることができるんです。また、子どもの時の死亡率が高く、ちょっとした不注意で死ぬか、あるいは生き延びるかということの勉強になります。残酷な厳しい場面を見せなければ子どもは学ぶことはできません。
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| 平松 日本の場合はすべてショックを与えないように育てている。そ
れで免疫ができていないんです。ちょっとしたショックにものすごく反応するようになるんですね。 |
| 塩野 同じことがテレビニュースの貧弱さにも言えます。世界のニュ
ースが少ないし、いわゆるふるさとの話題ばかりなんですね。もっと厳しい現実を知らせる必要があると思います。 |
| 平松 学校の役割と家庭の役割についてはどうですか。 |
| 塩野 親の愛情と夫婦や恋人の愛情とは異質です。親の愛情とは子ど
もが早く独立するように、子どもを自分から引き離すための愛情です。夫婦や恋人の愛情は、自分のところに引きつける愛情です。同じように学校教育とはなるべくうまく学校から離す、卒業するためめの教育で、企業の教育はなるべく企業に残ってくれるためのものなのです。つまり親の愛情と学校教育とは同じことなんですよ。
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| 平松 そういう視点は非常に大切ですね。ところで、日本人は国際化を唱える割には国際感覚が乏しいと思います。子どもを抱えているお母さん方にアドバイスをお願いします。 |
| 塩野 母親の教育が一番と考えています。私は息子を育てるときに、この子がどこでも生きていけるように、まず、自分の頭で考えることができる力、それから道具としての語学を徹底しました。
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| 平松 語学はなんですか。
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| 塩野 まずラテン語とギリシャ語ですね。英語の四〇%はラテン語で、自然科学の語源は相当数がギリシャ語です。語源を知ることが大切なんです。他に、イタリア語、英語、日本語です。私は息子が成人した時に二〇数冊ほど本を出版していましたが、私の“作品”は、その本と「息子」と思っています。そのためには相当な犠牲も払い、国際会議等には一切出ませんでした。
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| イタリア生活から
(サッカーとオペラ) |
| 平松 私は、JAWOC(二〇〇二年FIFAワールドカップ日本組
織委員会)の副会長をしています。フランス大会で日本が一度も勝てなかったことについての塩野さんの記事を読みました。やはりイタリアサッカーとは違いますか。
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| 塩野 ワールドカップというのはプロが技を競う大会です。オリンピ
ックとは違います。ですから勝たねばいけないんです。日本の考えはいろんな面で少し甘かったようです。イアリアサッカーは本来細かい作戦はなくファンタジーと言われてますし、個性的です。中田君(日本のJリーグからイタリアペルージャへ移籍)も伸び伸びとやっています。
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| 平松 スポーツ報道についても同じようなことが言えますか。
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| 塩野 甲子園野球的ノリですね。精神面を自分で克服できない選手は
プロではないんです。いちいちそう言うことをマスコミが取り上げるのはおかしいと思います。もっと本質的なものを書いていただきたい。プロは結果がすべての世界です。
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| 平松 ところでイタリアには大分出身で昨年のチャイコフスキー国際音楽コンクールで優勝した佐藤美枝子さんが頑張っていますので、よろしくお願いします。 |
| 塩野 佐藤さんとは一緒に食事をしたこともあります。なかなか賢い方ですし、頑張っていますよ。体がちょっと小さいですが、自分の実力を前に押し出して積極的にやれば、大きく見えるようになります。オペラもサッカーも同じです。
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| 平松 大分県では、2002年のサッカーワールドカップもやるし、
世界的なソプラノ歌手も活躍を始めました。これからもぜひ大分を応援してください。 |
| 塩野 スポーツ選手や歌手も、そして私たち作家も、プロは皆さんの
拍手を浴びて育っていきます。みんなで応援して大きな拍手で盛り上げてください。拍手を全身に浴びてプロは磨きがかかるんです。私も大分を応援します。 |
| 平松 ありがとうございます。 |
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| 塩野七生(しおの ななみ)・作家 |
| 昭和12年東京都生まれ。学習院大学文学部哲学科卒業。昭和44年「ルネッサンス
の女たち」でデビュ−。昭和45年「チェ−ザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」で毎 日出版文化賞、昭和57年「海の都の物語」によりサントリ−学芸賞、昭和58年それま
での活動に対し菊池寛賞、昭和63年「わが友マキアヴェッリ」により女流文学賞を受 賞。ほか著書多数。平成4年から「ロ−マ人の物語」を年1巻ずつ刊行中。
現在ロ−マ在住。 |
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