1999・10 Vol.34
NEO対談 佐藤美枝子 + 平松守彦
世界の歌姫と語る
夢と文化
佐藤美枝子

悲観的な方向ではなく、
少しでも自分の身になるように考えること。
夢はきっとかなうもの。
平松・大分県知事

人間だれでも挫折します。
それでダメになるか、いい方向に転じていくのか、
そこが大切なところ。
舞台は世界
平松 チャイコフスキー国際コンクール声楽部門での優勝おめでとうございます。県民あげて喜んでいます。当時のことを話してもらえませんか。
佐藤 コンクールの3ヶ月前に行われた書類審査の合格通知が期限になっても届かなかったのです。世界の登竜門でレベルも高いのであきらめておりましたら、遅れて通知が届き、ロシア語の特訓や選曲に慌ただしく取りかかりました。
平松 会場は、モスクワのボリショイ歌劇場でしたね。「からたちの花」をお歌いになったとか。
佐藤 2次審査で自分の国の歌曲を歌うようにと指定されていたんです。それで、私の好きな「からたちの花」を歌いました。
平松 母校の緑丘高校で県民栄誉賞を差し上げたときにも歌っていただきましたが、私も大好きなんです。決勝の様子は、雑誌に紹介されていましたが、真っ白なドレスを着て「白鳥のアリア」と「ルチアの狂乱の場」を歌われたそうですね。佐藤さんが歌い始めると、会場は水を打ったように静まりかえり、どんなに高音域へ跳躍しても寸分も狂わない音程と完璧なテクニック、オーケストラとの絶妙なデュオ(二重唱)、そして溢れんばかりの詩情に心を奪われ、歌い終えると一瞬の間を置いて万雷の拍手と”ブラーヴァー!“の声に埋め尽くされたとか。
佐藤 本当にたくさんの拍手をいただき、カーテンコールまでさせていただき、すごく幸せでした。
 運も良かったんだと思います。あまりにもコンクールが偉大すぎたので、あの場で歌えるだけで、本当に幸せだとずっと思っていたんです。なんの気負いもなく歌わせていただきました。
平松 いきなりロシア語の勉強をして、初めてモスクワに行き、世界的なコンクールの最後の大一番で最高の声を出せたというのは、相当の実力ですね。ところで声楽を志したきっかけは何ですか。
佐藤 小学校6年生の時に、ピアノを師事しておりました松尾順子先生の歌うイタリア歌曲に感動いたしまして、声楽を志しました。
平松 県立芸術短期大学附属緑丘高校、武蔵野音楽大学と声楽を続け、大学卒業後はイタリアに留学されたんですね。その時は、ご両親の反対などはなかったのですか。
佐藤 父の方がもともと声楽をすること自体に反対でしたので、イタリアへ行くことは初めは許してもらえませんでした。大学卒業後に師事した先生が、本場の空気に触れ、音楽を体で感じることの大切さを両親に説いてくださり、やっと許してもらいました。
平松 イタリアは芸術発祥の地だけあって、文化の香りを至る所で感じますか。
佐藤 八百屋のおじさんがアリアを口ずさんでいらっしゃるんです。1日の時間がゆったり長く感じられ、古い建造物や美術工芸作品に触れることによって感受性も豊かになり本当にリラックスできます。
平松 今は日本とイタリアを行ったり来たりの生活ですね。今後の予定は?
佐藤 オペラの本場に身を置き研鑽の日々になります。イタリアでCDのレコーディングなどのあと、10月には大分でのリサイタルを予定しています。(10月21日 OASISひろばグランシアタ)
平松 楽しみですね。ところで来年4月に大分で全国植樹祭が行われます。ちょうど2000年ミレニアム(千年紀)ということもありまして、豊かな自然のあふれる21世紀を迎えるよう、アジアの国々にも一緒に木を植えようと呼びかけています。佐藤さんにはその会場で歌っていただきたいと思っています。
佐藤 喜んで参加させていただきたいと思います。
夢はかなうもの
平松 佐藤さんはコロラトゥーラ・ソプラノの高い音域を得意としていますけど、あれほど高い声を出すために、毎日訓練をするんでしょうね。
佐藤 1日2時間のトレーニングは欠かさずにやっています。発声練習で今の状態を保つのではなく、より磨かれた声が出せるように磨くことを目指しています。
平松 体のコンデションの調整も大変ですね。風邪をひくこともあるでしょうし、食事にも気を使われるんでしょう。
佐藤 体はもともと丈夫なんですが、肉体的な鍛錬も欠かせません。刺激物は喉に良くありませんのであまり食べないようにしています。ただ、あまり「あれもダメ、これもダメ」と自分に課してしまいますと、考え過ぎることになります。それでコンサートで失敗したこともありました。伸びやかにリラックスして歌えるように、日ごろの生活もそういう精神で過ごすよう心がけています。「こういうこともある、ああいうこともある」と置き換えるようにしています。
平松 やはりいろんな苦労をし、努力をして夢を実現しているのですね。わたしも夢は実現するという言葉が好きで、”ドリカム精神“と言ってます。佐藤さんから若い後輩たちに言葉を贈ってください。
佐藤 平松知事が「継続は力」という言葉をよくおっしゃいますが、私も本当にそのとおりだと思います。私たちのように音楽を勉強するものは、他のこともそうですけど、一つの信念を持ってそれに邁進しなければいけないと思います。夢に向かって歩くんじゃなくて、夢をつかみ取るために邁進しなければならない。悩む時間さえもったいない。とにかく自分がどういう風に過ごしていきたいかということを決めたら、信念を持って努力して欲しいと思います。
平松 途中で挫折したり、自分には才能がないと悩むことが若い頃には多いと思いますし、人間だれでも挫折します。それでダメになるのか、いい方向に転じていくのか、そこが大切なところです。
佐藤 挫折というのは、とらえ方、考え方で重さが変わると思います。挫折をいかに自分でクリアして自分をいい方向に持っていくかという勉強の一つだと思います。挫折を越えた時には、必ずそれまでよりもっと伸びている自分がみえます。だから、ダメ、ダメって悲観的な方向ではなく、少しでも自分の身になるように考えることだと思います。夢はきっとかなうものです。
平松 そういう時には、学校の先生とか、お父さんやお母さんとか、友達がいて励ましてくれることも多いですが、やはり自分で考えたことを自分でやっていかないといけない。人任せはダメですね。
佐藤 そうなんです。ダメになったときに、「もうやめてしまえば」と言ってくださる方もいます。でもそれでやめてしまえば、どんどん楽な方に逃げてしまうんです。
平松 私も挫折しそうな時は、誰かにすがりたくなります。確かに少しは慰めにはなりますが、うまくいかないと、その人を恨むようなことになるから、結局、最後は自分で決めるしかないんです。
佐藤 苦しくても自分でやることです。立ち向かっていく意思を持ち続けることが大切ですね。人は成果をみますけど、その過程はわかっていただけません。成果がすべてです。目標に向かって日々邁進するしかないですね。
平松 「継続は力」ですね
大分から文化発信
平松 これからはオペラを中心にやっていくのですか。
佐藤 はい。オペラの舞台に数多く立たせていただくのがわたしの理想なんです。コンサートで歌わせていただくのも光栄なんですけど、オペラで演技をしながら役柄に入っていくことを数多くこなしていきたいと思っています。
平松 最近、オペラの人気が高まっているようですが、おおがかりな舞台装置などで費用がかさみ、切符が高くなってますね。もっと気軽に誰でも見られるようなものも必要ではないかと考えているんですけど。
佐藤 そうですね。切符の代金を安くして、こじんまりしたオペラを、いろんな方に見にきていただくことも必要だと思います。本格的な壮大な舞台と、気軽なものと両方あったらいいですね。最近のオペラでは字幕も出るので観客の方々にもより理解しやすくなっています。
平松 ぜひ大分でもオペラをやっていただきたいですね。それに、佐藤さんの所属されている藤原歌劇団創立者の藤原義江さんも大分に縁が深いし、2期会の中山悌一先生、立川清澄先生、ピアニストの園田高弘先生と大分には偉大な音楽家が生まれています。そんな方々が昭和25年ごろに東京の日比谷公会堂に集まって皆さんで歌われたことがあるんです。大分にも「OASYSひろば21」に大変音響のいいホールができましたので、大分にゆかりの第一線で活躍されている音楽家の皆さんに集まっていただき大分からの文化発信をやったらどうかという意見もあります。
佐藤 その節には、ぜひ声をかけてください。
平松 もちろんです。コロラトゥーラ・ソプラノの日本での第1人者です。まさに1村1品(人)です。これからが一番力を発揮できる大切なときですから、おおいに頑張ってください。支援いたします。
佐藤美枝子(さとう みえこ)・ソプラノ歌手

昭和41年 大分市生まれ。

4歳からピアノを習う。
大分県立芸術短期大学附属緑丘高校音楽科声楽コース、 武蔵野音楽大学音楽学部声楽学科卒。
平成2年(財)日本オペラ振興会オペラ歌手育成部第9期終了。
平成4年イタリアに留学。
平成6年イタリア・サヴィリアーノ市歌劇場オーディションでオペラ「椿姫」のヴィオレッタ役で合格。
平成7年「日本音楽コンクール・声楽部門」第1位。
平成10年チャイコフスキー国際音楽コンク− ル声楽部門優勝。
平成11年1月新国立劇場の「カルメン」にミカエラ役で出演。
同年3月「第9回出光音 楽賞」受賞。
同年5月にOASISひろば音の泉ホ−ルでリサイタルを行った。
藤原歌劇団員。ロ−マ在住。