2000・4 Vol.36

NEO対談 乙武洋匡 + 平松守彦

心のバリアフリー

  乙武洋匡

    障害と関係ない分野でみなさんに
    認めていただくような活動をすることが、
    本当の意味でバリアフリーに
    つながるのではないかと思います。

平松・大分県知事

  障害のあるなしに関らず、
  一人ひとりが能力や
適性、 意欲に沿って、
  やりたいことに挑戦でき

  社会にしていかないといけませんね。

選択可能な社会
平松 『五体不満足』、すごい反響ですね。私もこの本を読んで非常に感激しました。この本を書くきっかけはなんだったんですか。
乙武 NHKの青春探検という夜中のドキュメンタリー番組で私のことを取り上げていただいたことがありまして、それを見た講談社の方から本を書いてみないかというお話をいただいたんです。文章を書くのは得意ではありませんし、今まで生きてきた人生を見ず知らずの方に披露することもためらわれましたので、最初はお断りしておりましたが、次第に自分の中で伝えたい気持ちが強くなり、最終的にはお受けすることにしました。
平松 一番感じたのは、お父さん、お母さんが本当に素晴らしい方ですね。一度お会いしてみたい。
乙武 父にしろ母にしろ、手を出さない勇気、口を出さない勇気というのを持っている人だと思います。自分の子どもが手も足もない状態であれば、いろいろ手や口を出してしまうところだと思うんですけど、そういうことが全くありませんでした。
平松 本当はどれほど手を出したかったことでしょうね。それを抑えるのは大変なことだったろうと思います。お父さん、お母さんに大分の温泉でゆっくりくつろいでいただきたいですね。
乙武 はい。実は昨年の正月に家族三人で湯布院に行きました。本当にいいところで、すごく気に入りました。
平松 そうですか。ありがとうございます。ぜひまたお越しください。ところで、障害を持った子どもが、一般の学校に行くというのは、日本では現実には希です。各県とも県立の養護学校が、高等学校まであります。たいていの場合みな養護学校に行きます。入学に際して乙武さんの場合もかなり困難なことがあったと思うんですが。
乙武 私立の幼稚園で障害のないお子さんたちと一緒に遊べていたので、両親は小学校も地元の公立校に入れたいとの思いがあり、ものすごく熱心に教育委員会の方と話し合いを続けて、なんとか入れていただくことができたんですけど、まだまだ当時は珍しい例だったみたいですね。
平松 養護学校は、障害のある子どもが不自由なく学校生活を送れるよう、施設の面でも考慮し、教職員もマンツーマンに近い体制をとっていますので、学校生活の利便で言えば優れていると思います。乙武さんは、健常者に混じって、文化委員長をしたり、バスケットボールやアメリカンフットボールをしたということですが、 学校生活は、並みの苦労じゃなかったろうと思うのですが。
乙武 確かに養護学校は、一般の学校に比べ障害者にとって学校生活のみを考えれば、過ごしやすいのかもしれません。ただ、人生は学校生活で終わりではなく、そこから社会にでていくわけです。その社会が健常者用と障害者用に分かれているわけではないので、社会に入るまでの道程を分けてしまっていることで、お互い社会に出たときに不便な思いをしているんじゃないかと感じています。
平松 そうですね。社会のバリアフリー化も進んではおりますが、解消にはまだ時間がかかりますからね。
乙武 学校を選ぶ段階で、本人や家族が選択できることが大切だと思います。いろんなタイプの人がいるし、考え方もいろいろですし、向き不向きもあります。一律に決めてはいけないと思います。
平松 そうですね。一人ひとりの適正とか性格とかみんな違いますから。
生活者に優しい町づくり
平松 本の中にアメリカに行かれた話を書いておられます。アメリカでは、学校や社会のバリアフリーが相当進んでいますね。
乙武 日本では、車いすで町を歩いているだけで、振り返られたりしていたんですが、アメリカでは、日本人でしかも車いすに乗っているというダブルマイノリティであるにもかかわらず、誰も見向きもしないんです。自分はここに暮らしている人たちの一人なんだという当たり前の感覚でいられたのがすごく新鮮でした。
平松 アメリカでは、道路や図書館など公共施設は、計画・設計段階からバリアのないつくりになっているところが多いようです。
乙武 西海岸を旅行したんですが、サンフランシスコはアメリカでもバリアフリーが進んでいる地域と言われていまして、お店に入るにしても、バスや地下鉄に乗るのもすべてリフトやスロープが付いていて、車いすに乗ってる障害者だと意識させられることはほとんどなかったですね。
平松 大分では、人が育つ、人が行き交う、人が安心できるおおいたづくり、生活者に優しい生活優県づくりを進めておりますが、そのなかで、誰もが安心して満足した生活が送れるよう施設や物のバリアフリーと心のバリアフリーを進めています。特に、車いすマラソン大会は、今年で20回目になりますが、毎年400人以上の車いすランナーが全世界から大分に集まってきます。大会の前後には車いすの選手や応援者が市内にあふれ、市民、県民にすっかり溶け込んでいます。
乙武 そうですか。障害者を隔離された別世界の人たちという意識の中で、手助けしなきゃいけない、差別偏見をもっちゃいけないと言っても、無理だと思うんです。町の中を車いすの人が歩いていたり、子どもの時から机を並べて一緒に勉強をすることが当たり前の環境になっていることが本当のバリアフリーにつながるんじゃないかと思います。
平松 早稲田の町でも、商店街の人たちと一緒にそういう取り組みをしてきたんですね。
乙武 子どもたちを対象にいろんなイベントをやっていました。いつも駆け回っている早稲田の町を車いすに乗って練り歩いてもらったこともありました。そうすると、車いすに乗ると町はこんなに不便なんだということに気付いてくれるんです。この子たちが大きくなって社会の担い手となった時、段差のある町は駄目だねと言っててくれるんじゃないかと思ってます。
平松 大分の車いすマラソンも、毎年やってますと、子どもたちのなかに憬れの選手ができたり、選手同士の交流、家族を交えた市民との交流も生まれ、町全体が福祉の町になるのに非常に役立っているようです。
乙武 私も学校時代、先生や友達に本当に恵まれて嫌な思いをすることなく来れたんですが、回りにいた人が際立って素晴らしい人たちだったということではなく、障害のある人が一般の学校にポンと入った時、だいたいそのクラス、学校はすごくよくなるようです。助けてあげないとどうにもならない人がいた場合、手を貸すのが当たり前という感覚が自然と身に付くのではないでしょうか。
平松 障害のある人もない人も一緒の環境で学び、暮らせる社会が望ましいですね。
本当のバリアフリー
乙武 車いすマラソンは、どのくらいのタイムで42.195qを走るんですか。
平松 1番速い人だと1時間20分で走ります。
乙武 それは速いですね。
平松 乙武さんは、スポーツがとてもお好きなようですね。
乙武 私自身もともと体を動かすことが大好きなもんですから。これから、いろんなことをやってみたいのですが、スポーツの素晴らしさを活字や映像を使って伝える仕事もやってみたいと思っています。最近、梯(かけはし)さんという目の不自由なピアニストが世界的な評価を受けられたように、障害があっても全く関係なく活躍される人がでてきています。私も全く障害と関係ない分野でみなさんに認めていただくような活動をするほうが、本当の意味でバリアフリーにつながるのではないかと思います。
平松 そうですね。乙武さんが福祉の専門家になってしまうと、あとに続く障害のある人たちも、やはり福祉の分野にとらわれ、本来の能力を発揮する可能性をかえって狭めてしまうことにもなりかねませんね。大分に毎年マラソンにやってくるランナーたちも、みんなそれぞれ仕事を持ってまして、能力を発揮しているんです。大分にはホンダ太陽という会社があり、障害者の方が健常者と全く同じものを作っておりまして、ここの選手を中心に先日、第11回全国車いす駅伝大会に出場し、5区間すべて区間賞、大会新記録で優勝したんです。障害のあるなしに関らず、一人ひとりが、能力や適性、意欲に沿って、やりたいことに挑戦できる社会にしていかないといけませんね。
乙武 そういう社会が本当のバリアフリー社会ではないかと思います。多くの人がそういう気持ちにならないと、道路の段差解消とか階段にスロープやエスカレーターを設置するなどの物の面から見たバリアフリーや、先入観にとらわれない心のバリアフリーもどんどん進んでいかないと思います。
平松 物や心のバリアを取り除き、チャンスという点では、誰もが平等であることが大切ですね。あとは、その人の努力とかそういうもので差はついてきますが、門戸は平等に開かれていなければならない。
乙武 そうですね。
平松 次の本の出版予定はありますか。
乙武 2冊目が3月17日に出版されました。絵本なんです。私の子ども時代、小学生時代を、文章を私が書いて、イラストレーターの方に絵を描いていただきました。『五体不満足』が小学校高学年くらいからようやく読めるかなという本だったので、もっと小さな世代に同じメッセージを伝えたいと思いまして。
平松 楽しみですね。最後に今後の抱負を。
乙武 わたし自身本当に素晴らしい家族で、息子という立場ですごく幸せな家族の一員でいられました。今後は夫という立場、父という立場ですごく幸せな家族の一員でいられたらというのが私の最大の夢ですね。
平松 今後ますますのご活躍を期待します。今日は本当にありがとうございました。
 
乙武洋匡(おとたけ ひろただ)
1976(昭和51)年東京都生まれ(23歳)。世田谷区立用賀小、用賀中、都立戸山高校を経て早稲田大学政経学部卒業。先天性四肢切断という障害を、単なる「身体的特徴」と考え、電動車椅子にのって全国や世界を飛び歩いている。天性の明るさと行動力で、中学校時代はバスケット部で試合にも出場。高校ではアメリカンフットボール部のマネージャーを務め、大学入学後は「早稲田のまちづくり」に積極的に関る。1998年に講談社から『五体不満足』を出版。大ベストセラーとなり、韓国版、英語版、中国版、台湾版が出版された。TBS「ニュースの森」にサブキャスターとして出演。平成11年都民文化栄誉章受章。