2000・8 Vol.37
                                      
特 集 新しい観交(観光と交流)の時代へ
田舎のいいとこ、もっと知りたい
 取材・文・井上裕子 撮影・竹内康訓

 田舎の魅力って何だろう。自然がいっぱい、空気がおいしい、野菜や果物が新鮮。 それだけじゃない。都会にはない昔ながらの景観が残っていたり、農作物の加工、山の木の手入れなどの知恵を持った人たちがいたり。
 この間まで当たり前だと思っていたそんなものが、自分たちの宝物だと気づいたとき、「田舎」が生き生きと輝き始めた。都会にはない、わが町の「いいとこ」を活かそう。自然の大切さをアピールしよう。そんな心意気が、都市との交流を促し、 町に活気を生み始めた。  
「休日はありきたりの観光地じゃなく、心やすらぐ田舎で自然に包まれてリフレッシュしたい」。そう考える都市の人々にとって、人も自然も輝いている田舎は、最高の癒しの場だ。
 それぞれの町の個性を生かしたやり方で、都市との交流に意欲を燃やす4つの町、 安心院、耶馬渓、大山、直入の人々を訪ねてみた。
     
 農山漁村に滞在してその地域の文化や人々との交流を楽しみながら、自然を満喫する「グリーンツーリズム」。従来の観光とは違う、この新しいバカンスの過ごし方は、ヨーロッパではすでに定着しているそうだが、県内でも最近よく耳にするようになってきた。なかでも安心院町は、平成九年、全国に先駆けてグリーンツーリズム推進宣言を出した町で、行政主導でなく、住民主導の活動が注目されている。

安心院町/安心院町グリーンツーリズム研究会
人も自然も豊かな農村で、
「心のせんたく」

 その推進役が、安心院町グリーンツーリズム研究会。発足は平成八年。現在会員が二百七十人(うち百人以上は町外の“応援団”)、農家だけでなく職種はさまざまだ。会長の宮田静一さんは、町内でぶどう農園を営みながら活動に精を出す。
 「ドイツに視察に行ったら、向こうはグリーンツーリズムが国策になっていて、荒廃した土地はないし、過疎という言葉すらない。これだと思いました」と宮田さん。
 同研究会では、農村体験、ドイツへの研修旅行、勉強会やイベントなどを通じて、都市と農村の温かな交流、農村景観の保護、新しい農村経営をめざす。昨年十一月には稲作文化や農村風景の伝承を願って、藁こづみの出来ばえを競う全国初の「藁こづみ大会」を開催した。
 町外の会員を受け入れる「農村体験」では、それぞれの家の特色を生かし、昔ながらの竹かご作りや味噌作り、イチゴの収穫など農村ならではの体験ができる。その中の一軒、中山文弘さん・ミヤ子さんの家に泊めていただいた。
       

 
 中山さんのお宅は、周囲を田んぼと山に囲まれた農家。米を作り、牛六頭を飼う。通されたのは築六十年以上という木造二階建ての離れ。隠居部屋として使われていたものだそうで、「昔話にでも出てきそう」というわけで、宮田会長が「むかしばなしの家」と名づけた。
 一階には主人手作りのいろりがあり、客はここに集う。「特別サービスもせんかわり、遠慮もせんじょくれ」と文弘さん。
 「よかったらどうぞ」とミヤ子さんが出してくれたのは、おひついっぱいの赤飯、らっきょ、梅干し、梅の塩漬け、それに何種類もの漬物。ぜーんぶ手作りである。
 「うちは昔からお客さんが多かったから、いつでも何か食べるのがあるようにと、用意するのがクセなんよ」。話しながらミヤ子さんは、近くでとってきたというタニシを手早くゆがいて味噌炒めにする。  
 昼食をすませてきたばかりだというのに、懐かしい手料理についつい箸が伸びる。同行したナオミちゃん(大分市内に住むOL)は「わぁ、おいしいーッ!」の連発である。
 二階に上がると、開け放たれた窓の向こうは緑一色の田園風景。鳥が鳴き、風が涼やかだ。初夏にはホタルが乱舞するという。
  「今夜は蚊帳を吊って寝てちょうだいね。吊り方、わかる?」とミヤ子さん。蚊帳なんて小学生以来だ。何だかワクワクする。
  ミヤ子さんと一緒に、草木染めに使うクララの葉を煮出したり、畑のプラムを採りに行ったり、まるで田舎の親戚の家へ来たような気分で遊ぶ。
 夜のいろりばたは、駆けつけてくれた宮田会長や北九州から来た常連客の男性らも加わって、にぎやかになった。
 「最初、話があったときは、こんな古い家に泊めるなんか、抵抗があったわ。でも今では口コミで素晴らしい人ばっかり見えて、お話できるのが楽しみやし、私らも勉強になる。こんな幸せなことないわねー」とミヤ子さん。「宮田さんが基本をちゃーんとやってくれるから、ワシらは踊るだけじゃ」と文弘さんも楽しそうに言う。
  「農作業体験だけじゃなく、文化的なものを伝えていきたい。安心院のいいところに、形より気持ちで触れてもらえたらうれしい」。夫妻の夢は“文化的農村”作りだ。
 

一番のもてなしは、手作りの漬物や赤飯だ。   
中山さん宅の離れ。2階の客室は、昔の田舎家をそのまま残したところが、都会の人たちの人気を呼んでいる。

屋号の“やわらかまんじゅう”を手にする糸永れい子さん。

ご主人手作りのいろりを囲んで、みんなでカンパイ!
 翌朝は小鳥の声とともに爽やかに目覚めた。炭火で焼いたアジの干物やイモガラ(里芋の新芽)の味噌汁で朝食をいただいたあと、さらに二軒の会員のお宅を訪ねた。
「やわらかまんじゅう」の屋号を掲げる糸永れい子さんは、その名の通り、ふっかふかのやわらかな饅頭作りの名人。亡くなったご主人に代わって農業をしながら、得意の漬物やお母さんから習った饅頭を作り、町内の店に出している。
 「この会に入ってからは出会いがふえて楽しい。将来は工房を広げて、饅頭作りの体験ができるようにしたいですね」
 街が一望できる高台に住む本多勝一さん、正子さん夫妻は、共に元教師。安心院名物の底霧に因んで屋号は「そこぎりの舎」だ。
 「退職して始めて教師の世界がいかに狭いかわかりました。若い人に教えられることばかりですよ」と勝一さん。雅子さんも「地域の中で何か役に立ちたい。町が活発になれば嬉しいですから」と声をそろえる。
 夫妻は、自宅のすぐ下にある古い百穴群と磨崖仏へ案内してくれた。勝一さんは町内で最近発見された化石にも興味津々。町の財産を町外の人に伝えていくことは、彼らだからこそできる素晴らしい仕事だ。


耶馬渓町/耶馬の森林オーナー募集
「ぜひこんな森に、
テントを張りたい」

 耶馬渓町は全面積の90%を森林が占める「森林のまち」。この町のグリーンツーリズムは豊かな森林がベースだ。同町が「生産型」林業から「環境型」へ転換し、都市の人と交流して森林作りを進めようと「耶馬の森林育成条例」を施行したのは平成十年。町村独自では全国初。その背景には木材市況の低迷、森林の荒廃、過疎化などの問題を抱えていた。
 今春、町営林の一部を都市の人に貸し出し、活用整備してもらう「耶馬の森林オーナー」制度を企画。一区画1000uの森林を年間一万八千円〜二万円で貸すというもので、二十六区画の募集に福岡県などから約五十組の申し込みがあった。
 五月末の日曜日、オーナー希望者の現地説明会に同行した。集まったのは三十組。年輩夫婦、ファミリー、若いカップルなど幅広い。現地は小高い雑木林で、広葉樹におおわれた土地、起伏に富んだ土地、開けた土地と、区画によって趣が異なっていた。
 町役場職員の案内で坂を上ったり、木々をかき分けたり。整備されていない森だけに、反応はさまざまだった。「キャンプにいい場所をと思って来ましたが、予想外にハードな所でびっくり」という若夫婦。定年後ここでのんびりしたいという人、子どもに自然を体験させたいという人もいた。
 家族で参加した福岡市の小宮敏夫さんは、「わが家はキャンプが大好きなので新聞で知ったときはワクワクしました。来てみたら想像どおり。自然のままで、しかも人が入れないほどでもないのがいい。都会ではキャンプ場は設備が整いすぎて自然の中という気がしないんです。ぜひこんな所でテントを張りたい」と目を輝かせた。
 この日は、「森林を楽しむ」と題する森林インストラクターの講演なども行われた。企画推進者の一人、町役場職員の玉麻秀一さんは「森は水を作りおいしい空気を作ること、都会の人の心を癒してくれることを皆さんを通じて訴えていきたい。地元の人が身近な環境の素晴らしさに気づいていないので、都会の人との交流を通じてこの町で暮らす喜びを実感してくれれば」と語る。
 町ではその後区画別に申し込みを募った結果、現在十三区画のオーナーが決定しているという。契約者に対しては炭焼きや椎茸作りの講習会などが計画されている。都会の人々がこの森からどんなことを学んでいくのか、町の人々にどんな活気を生んでくれるのか、今後が楽しみである。


現地を実際に歩きながら「森林とは何か」を少しずつ実感していく。


多種類の木が茂る山には手つかずの自然が今も残る。


熱心に現地を見て回る小宮さん一家。


福岡県から参加した仕事 仲間4人組は「景観のいい所かなと思って来たけれど、急な坂にびっくりしまし た」。



大山町/高校生の農業体験実習
「梅の、あのあまーいにおいが
超好きです」

 梅雨の晴れ間の六月半ば、山々に囲まれた静かな大山町の梅園に、バス二台が到着。真っ赤なジャージ姿の女子高生たちが、はじけるように飛び出してきた。  
 「農業体験実習」でやって来た福岡市立福岡女子高校食物調理科の生徒たち四十一人。ここで熟れた梅を収穫し、持ち帰って授業で梅干しを漬けるのである。園主の矢羽田和彦さんから「南高」と呼ばれる梅の品種や収穫方法の説明を受け、キャーキャーと、まるで遠足のノリで梅もぎを始めた。木になった梅を初めて見た、という子も多かった。矢羽田さんから頃合いの梅を教わったり、記念撮影に興じたりしながら、あっという間に全員の袋が梅でいっぱいになった。
 この「農業体験実習」は、都市の人に実際に産地へ足を運んでもらうことで町の活性化を図ろうと、大山町が企画したもの。福岡分室「おおやま生活領事館」近くにある同校に声をかけ、実現した。町では一般の人を対象に梅の収穫から梅干し作りまで指導する企画は以前から行っているが、学生対象の今回のような試みは初めてという。
 引率は、食品加工実習の授業を受け持ち、クラス担任でもある阿部理絵先生。
「うちの学校は団地に住む子どもが大半。自然と触れ合う機会がなく食べ物の旬がわからないんです。授業で苺ジャムやコンニャクを作りますが、材料はダンボール箱にパッキングされて来るので、生徒はコンニャクの葉を見たこともないし、野苺にどんな花が咲いてどんな香りがするのかも知らない。実習で使う食材が育てられている環境を知り、それを実際に漬けるというこんな体験はとても貴重です。食べ物に愛情を持って加工できるのは素晴らしいですね」  

梅園の周囲は緑がいっぱい。

「あの実は熟れてるんじゃない?」「取ろうよー」

手作りのお弁当は味も栄養も満点。

「わぁ、こんな にいっぱい取っちゃったー」
 話しながら生徒たちに「教室に飾る花を摘んでらっしゃい」と声をかける。しばらくすると「先生、これ何の花?」と生徒がいろんな野の花を摘んで持って来た。都会っ子には原っぱに咲く草花も新鮮なのだ。
 梅の収穫のあとは、ハーブや菌床椎茸の摘み取りなどを体験し、JA大山の選果場で梅の選別風景を見学。「木の花ガルテン」で梅蔵を見て、またワイワイ帰路についた。
 やがて福岡に帰った生徒たちから感想文が送られて来た。「(梅の)あのあまーいにおいが超好きです」「大山の方々ががんばっているところを見ると、この梅がおいしく食べられるようにがんばって調理するぞって思います」
 同校では毎年実習で梅干し漬けをする。今年の梅干しはみんなの思いがいっぱい詰まって、きっと格別の味がするに違いない。

朝霧の安心院盆地
住人が、
わが町の“宝物”に
気づいたとき
町はいきいきと
輝き始めた。

 「この森はすごく落ち着けるし、ここでお昼寝したら気持ちいいだろうなーと思いました。ぜひここへ友だちと森林浴に来たいです」。耶馬の森林オーナー説明会にやって来た若い女性が、こんな感想をもらした。
 大山町の農業体験実習に参加した女子高生の一人は、実習レポートに、「どこを見ても緑って感じでした。空気がキレイっぽい気がしました。マジ、自然の緑っておちつきますねー!!」と書いた。
 「今までは想像もつかなかった世界。この歳になってこんなすごい出会いがあるとは思いもせんかった」。農村体験を始めた安心院の中山さん夫妻は、“居ながらにして”外の素晴らしい人たちと出会える幸せを強調した。「うちは田舎料理しかできんでー、っち言うたら、それがいいんじゃ、っち」。昔から作ってきた普段の手料理が、都会の人たちに“受ける”とは思いもしなかった。最初は新築した母家を利用していたが、会員の方から「あっちがいい」と言われて、ずっと使っていなかった古い離れに蚊帳を吊ることにしたという。
 “田舎”と呼ばれる町や村に住む人たちは、自分たちが持っている自然という財産、昔ながらの生活文化という宝物の、素晴らしさに気づいていなかった。そればかりか、「ここは何もない」と卑下してさえいた。都会の住人たちが「ここでお昼寝したい!」と夢見るなどとは、想像もできなかったに違いない。
 そのことに“宝物”の所有者たちが気づき始めたこと。これこそが新しい「観交(観光と交流)」の最大のパワーだ。三つの町それぞれの新しい交流の姿を取材して、強くそう感じた。
 わが町を誇れる人たちが住む町は、みんな輝いている。そんな「人」と出逢い、「自然」と触れ合った人たちは、二十一世紀に守らねばならない大切なものを、感じ取っていくのだ。


 直入町・長湯温泉は、これまでの三つの町とはまた違う、新しいスタイルの「交流」に成功した町である。
 そもそも長湯温泉は、岡藩の時代から中川公の庇護を受けた歴史ある湯治場でありながら、山間で交通の便が悪く、最近まではあまり脚光を浴びない温泉地であった。

直入町/長湯温泉「御前湯」
町内に「御前湯効果」を巻き起こした
癒しの温泉館

 「最近まで」というのも、「最近は」様相が変わってきたのである。週末ともなると、県内外から大勢の人がやって来る。彼らの目当ては「御前湯」。平成十年、芹川沿いの旅館街ど真ん中に建てられた、ちょっと風変わりな町営温泉施設である。  木造三階建ての西洋館で、バルコニー付きの洒落た雰囲気。二つの大浴場と露天風呂、家族湯、喫茶室、安眠室などがあり、川を眺めながら温泉に浸かったあとは、食事も仮眠もできる。何よりも周囲の自然をたっぷり取り入れた開放的な造りがいい。軽い旅気分で過ごすには最高なのである。
 御前湯の“仕掛け人”で町役場職員・御前湯初代館長の首藤勝次さんはこう語った。
「現在、日本全国の温泉湧出地は二千六百以上。温泉があるから発展した時代は終わりました。これからの温泉地は、そこならではの個性がないとうまくいかないんですね。平成元年に長湯と同じ炭酸泉を持つドイツへ視察に行ったら、ドイツの温泉地は小さいけれど個性がきらきらしていました。では長湯のよさは何か?まず日本一の炭酸泉であること、そして開発の手が入っていないので自然環境が保たれていることです。
 長湯にはそもそも外湯めぐりの文化がありました。湧出量が少なく内湯を持つ宿があまりなかったので、ゲタばきで外湯を楽しみ、近くの団子屋に立ち寄ったり。今は宿に内湯がありますが規模は小さい。そこで再び外湯を楽しんでもらうために中核施設をと考えたのが、御前湯です」
 日本一の炭酸泉で“飲む温泉”効果をアピールする長湯らしく、入口に飲泉所を作り、客が気軽に飲めるようになっている。
 御前湯の大きな特徴の一つは、食堂や売店がないこと。地域の活性化を考え、周辺の寿司屋、ラーメン屋などで出前組合を作り、そこに依頼する方式を採った。食事をしたい人は入口の自動販売機で食券を買い、休憩室で待っていると町内の店から出前が運ばれるというしくみだ。昼食時には入れ替わり立ち替わり届く出前で大にぎわいだ。
 公共施設であるにも関わらず、朝は六時から開いている。首藤さんいわく、「これが伝統的な外湯文化の一番の見せどころ」。宿に泊まった客が、朝湯に入りに来るのだ。日曜の朝などは、あちこちの旅館から八十人位が浴衣がけでぞろぞろとやって来る。
 十月でオープン二年を迎える御前湯の入館者数は、一年目が十四万人で当初予想の八万人を大きく上回り、今年四月で二十万人を突破。その九割が町外客という。旅行雑誌の読者アンケートを基にまとめた九州・沖縄・山口の人気観光地ランキングでは、今年長湯温泉が「もう一度訪れたい観光地」第八位(前年二十三位)に選ばれた。
 御前湯ができて地域の人にも活気が生まれてきた。まず周辺の店が変わり始めた。小さな野菜市場は今春、地元の野菜や加工品を幅広く品揃えする「里の駅おんせん市場」に生まれ変わった。地元客相手の食料品店は洒落た土産品店「楽市楽貨・菜」にリニューアルし、観光客が訪れるようになった。魚屋・寿司屋・居酒屋・スナックが同居するビル「桃太郎」では、屋上にビヤガーデンもオープンし、活気を増している。

うどん、ラーメン、寿司、 定食など出前メニューは多彩。 御前湯の出前システムは周辺 の食堂の活性化に一役買って いる。

芹川の中に湧く天然温泉「がに湯」 は長湯の名物だ。

長湯温泉は炭酸の含有量が日本一という“絶品”の炭酸泉。飲用すると胃腸病や便秘によく効くといわれ、御前湯入口にも飲泉場が設けられている。

食料品店から43年ぶりに生まれ 変わった「楽市楽貨菜」。
 「桃太郎」の経営者で、出前組合の組合長も務める石川清一さんは、「三年前にオープンした魚屋は、御前湯ができて福岡や熊本など遠方のお客さんが増えました。天然物の鮎や鰻、活タラバガニなど他では手に入らない珍しい魚を入れているので、温泉の帰りにお土産に買って帰る人が多いですね。寿司屋の出前も好調です」と言う。
  “御前湯効果”は周辺の旅館にも顕著だ。旅館の女将九人で作る「女将の会」のメンバーに話を聞くと、「お客さんに以前は久住を紹介していたけれど今は御前湯を紹介できる。自慢できるものができて嬉しい」「長湯を歩く若い人の姿がふえた」「長湯はお風呂がごちそうになった。宿の内湯とは別に夕食や朝食前のひと風呂をお勧めしてます」などの声があがった。御前湯人気で宿泊客が増えたという声も多かった。
 周囲の旅館や店を巻き込んだ「御前湯」の活性化作戦は、県内外から多くの観光客を集め、長湯温泉の知名度を高めたばかりでなく、住民たちの心に「自信」と「誇り」を芽生えさせた。生き生きと「わが町自慢」を語る宿の女将や店の主の笑顔に、訪れる人たちは元気づけられる。御前湯の「癒し」効果は、お湯だけではなさそうだ。