2000・11 Vol.38


「日本に緑の国土軸を」


NEO対談  川勝平太+平松守彦
川 勝
「大分県で20年前に始められた一村一品運動の枠が、
大分農業文化公園に集められるわけですね。」

平 松
「この公園を、これまでの農業文化を保存し、
その上に新しい技術による農業を学ぶ場所にしたいと考えています。」

庭園の島、日本        
平 松 このたびは、ようこそ大分県へおいでくださいました。
川 勝 先ほど、佐賀関町から生まれて初めて豊予海峡を眺望して、その美しさに感激しました。期待以上の深い印象を受けました。
平 松 ありがとうございます。豊予海峡のお話は後ほど伺いたいと思います。先生は、「富国有徳論」を提唱され、東京を中心とした都市型の国づくりから、地域を基盤とした「自然との調和」による美しい国づくりへ転換すべきだと示してこられました。このお考えが、新しい全国総合開発計画「二十一世紀の国土のグランドデザイン」のテーマ「地域の自立の促進と美しい国土の創造」に反映され たわけですね。
川 勝 そう思います。平松知事もこれまで国土計画にかかわってこられましたが、知事の太平洋新国土軸のお考えが今回花開いたとも言えます。日本の国土は、南北に長い島国として成り立っています。国土とは、風土と生活景観が一体になったものです。人間がそれを育て、また育てられる関係にあります。人間の手の入った自然は原生の自然ではありません。どこに何があるか、何に恩恵を被ってるかということを人間がよく知ってる自然です。それは第二の自然、ガーデン(庭)ということができます。
平 松 それを日本の国土全体として見れば、ガーデン・アイランズ(庭園の島)となるわけですね。
川 勝 そのとおりです。ただし、美しい島々の対等なネットワークづくりのためには、地域の自立という基盤づくりが肝要です。それ れぞれの地域の住民が自立心、気概、プライドを持ち、身近にある自然風物や伝統の良さに気づくことが大切です。これは帰するところ、一村一品運動の理念と一致しています。
平 松 日本は鎖国によって近代化が遅れたと考えられてきましたが、先生は、鎖国によって内発的に美しい元禄文化や江戸文化が花を咲かせ、その生活様式が美しい環境を保全し、庭園のような国土をつくり、独自に発展したと説明されています。
川 勝 限られた資源の中で文化を成熟させて近代化していったのです。ヨーロッパの「産業革命」に対し、日本では「勤勉革命」とい う物づくり志向の近代化が進行しました。 アジアからの輸入品を国産化し、国内で自給しながら、資源をリサイクルする循環型の経済社会をつくりあげました。
平 松 九州には美しい自然や文化がたくさん残っていますので、環境にやさしいガーデン・アイランド九州を実現したいですね。
川 勝 九州をはじめ、日本は海に囲まれていると考えられがちですが、むしろ海に開かれていると考えるべきです。幕末に来日した多くの欧米人が、日本の都市や村をガーデン・タウンであると感嘆し、総じて日本の国をガーデン・アイランズと賞賛したわけです。それがイギリスの風景式庭園や田園都市計画に影響を与えました。日本はアジアからいろいろなものを吸収し、風土に合うように作り変え、地域に応じた特産品を作りあげ、大阪や江戸で交換していました。沿岸には海の道があり、内陸では人の往来も盛んで、互いに情報を交換し、交流していたわけです。
平 松 今の日本は逆に、地方は大都市と結びついていても、それぞれがいわば隔離されて います。地方間のネットワークの形成が必要ですね。
川 勝 交通網・通信施設などの社会資本が整備されれば、「中央」の役割が小さくなり、現在「地方」と呼ばれている各地域の個性が が際立ちます。交流は共通性とともに異質性を際立たせるからです。違いの自覚は、生活基盤としての郷土への愛着を生み、それぞれの身近な自然や伝統の再発見に結び付きます。ガーデン・アイランド九州の実現も間近でしょう。
b
緑の国土軸        
平 松 新しい全国総合開発計画では、多極多軸型の国土づくりが唱われ、私たち地方の声や取り組みを踏まえる形で、四つの国土軸が示されました。そのひとつに、東海、紀伊半島、四国を通り、豊予海峡から九州、そして沖縄に至る「太平洋新国土軸」が盛り込まれました。
川 勝 これまでの一極一軸の時代は、太平洋工業ベルト地帯を中心とした都市化、工業化、集中化により日本全体の所得を上げていくという考え方でした。それは、日本の経済的発展と近代化の輝かしい歴史を支える一方で、公害や混雑というマイナスの面も背負うことになりました。新しい全国総合開発計画は、多極多軸型の構想のもとで美しい自然に恵まれた地域が連携し、新しい文化と生活様式を生みだす圏域として、「多自然居住地域」を形成することが求められています。これにより各地域の多様な発展が期待できます。
平 松 私は、さらに進んでとらえ、適正な人口のなかで、美しい自然と一次・二次・三次産業と文化が共生していく「適正共生社会」を地域のあり方として考えています。
川 勝 「適正共生社会」という考えに立てば、「太平洋新国土軸」は、産業、文化、自然のバランスがとれた、環境にやさしい「緑の国土軸」と としてイメージできますね。特に際立つのが文化軸。大分には宇佐八幡宮のほか六郷満山文化などもあり、四国のお遍路、紀伊半島の高野山、伊勢神宮と文化の花咲く国土軸でもあります。その要となるのが豊予海峡です。
平 松 眺めはいかがでしたか。
川 勝 いや、もう絶景でした。ちょっと霧がかかっていましたが、茫洋たる海、そこに浮かぶ高島、遠望の佐田岬、往来するフェリー。実に美しい景観でした。私は、これらの景観を財産として生かすために、豊予海峡には、トンネルよりも、橋を架けるべきだという感想を持ちました。
平 松 実現すれば世界最長の大橋になります。
川 勝 世界一の架橋技術を持つ日本として、十三キロメートルの橋を豊予に架けることは、明石海峡大橋に続く大きな挑戦になります。歴史的、技術的、そして景観的にも、挑戦に値すると思います。
平 松 橋そのものが、日本の文化や自然を生かす財産となるのですね。
川 勝 そのうえ、本四架橋と連なり瀬戸内海を循環する形になります。太平洋新国土軸と西日本国土軸の二つの国土軸が連携する環瀬戸内経済圏が形成されるでしょう。
平 松 関西、中国、四国、九州の経済人と知事が、瀬戸内海を船で移動しながらシンポジウムを行い、新しい環瀬戸内経済圏、循環型の交通体系について話し合ったことがあります。
川 勝 地中海が古代ローマにおいて、ローマ文明の庭になったように、瀬戸内海も日本において文明を築く役割を担えます。ガーデン・アイランズ日本を創造するためにも、環瀬戸内経済圏は、緑豊かな「多自然居住地域」をもつ地域として重要な役割を果たすものとなります。
平 松 来年の四月に開園する「大分農業文化公園」は、「多自然居住地域」の一つのモデル施設と言えます。
川 勝 建築家、伊東豊雄さんが設計されたメインの建物と周りの自然が織りなす調和に感動しました。ダムの湖水、花畑や風車などが、背景にそびえる鶴見岳や由布岳と一体となり、見事な景観を生み出していました。
平 松 薬草薬木園や花昆虫館、そのほかに、農業についての展示・体験施設を設け、日本の農業のすばらしさや大切さを子ども達に伝え、環境に優しい農業、新しい農業を二十一世紀に実現してもらうための公園となります。「エコ農パーク」という愛称もそういう発想から生まれました。
川 勝 大分県で二十年前に始められた一村一品運動の粋が、この大分農業文化公園に集められるわけですね。
平 松 そうです。フランスにしてもアメリカにしても先進国は農業が進んでいます。新しいハイテク農業が行われています。この公園を、これまでの農業文化を保存し、その上に新しい技術による農業を学ぶ場所にしたいと考えています。
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ガウンとタウン        
平 松 先生は、西・南太平洋地域からミクロネシアに及ぶ交流圏を「豊饒の海の半月弧」(図一参照)と呼ばれていますね。
図1. 豊饒の海の半月弧
  (The Sea of Fertille Crescent)
川 勝 緑の国土軸・太平洋新国土軸の海洋性は、その「豊饒の海の半月弧」につながるものです。地球時代に生きる我々は、海に向けて開かれた日本を再現し、西太平洋地域へ向けた文化や情報の発信源とならなければなりません。
平 松 私は、九州アジア経済圏構想を提唱していますが、「南高北低図」というアジアを逆さまに見る地図にそれを描いてみました(図二参照)。現在の東京中心の地図ではなく、発想を転換すると、新しい文化・生活圏や地域連携軸が見えてきます。将来はこの圏域を、海から見たアジアの経済・交流圏、アジア共同体(AU)として確立する必要があると考えています。
川 勝 地道な地域間交流がその基盤となります。
平 松 大分県は、一村一品運動を通じて、アジアの各国といろいろな交流を行っています。韓国のセマウル運動、中国の上海、江蘇省や湖北省、マレーシア、フィリピン、インドネシアなどアジア一帯に広がっています。今年の十月には、第七回となるアジア九州地域交流サミットが別府市で開催されたところです。
図2. 南高北低図に描かれた
  「九州アジア経済圏」
川 勝 これまでの一村一品交流がサミットの土台になっているわけですね。
平 松 毎年開催国・地域を移動していますが、一九九四年の第一回に続き本県での開催は二回目となりました。これまでで最大の十二か国三十七の地域から知事、首長が集まり、「二十一世紀のアジアを創造する人材育成と環境」のテーマのもと活発な議論が行われました。
川 勝 アジアと九州共通の認識や価値観が形になってきたのですね。
平 松 そのネットワークをより強固なものにするために、アジア太平洋学の構築が必要と考えています。アジア太平洋の若者たちやこの地域に関心を持つ若者たちが学ぶ場として、今年の四月別府市に開学した立命館アジア太平洋大学(APU)の建学の精神は、このアジア太平洋学の探求にあります。APUを訪問された印象はいかがだったでしょう。
川 勝 大学の入り口正面から雄大な別府湾を一望できる景観に、まず感動しました。キャンパスの中に千宗室さんがお作りになった「和心庵」というお茶室もあるんですね。
平 松 アジア融合の芸術の場として提供したいと、私費を投じて作られたのです。
川 勝 お願いして見せていただいたのが、留学生用の学生寮「APハウス」です。留学生ばかりではなく、日本人の学生も入居していました。四百名の留学生にアドバイスするためのアシスタントなのだそうです。外国人を迎え入れ、一緒に生活することで、日本の文化を学問の場で練り上げていく時代になったと思います。文化とは生活様式です。祭りやコンサート、博物館・美術館だけが文化ではありません。それらは文化の花の部分です。日常の暮らしが文化なのです。民間が地域づくりに参画するこれからの時代の核になるのは、文化を担う大学などの学術機関だと思います。大学街のようなまちができていくでしょう。
平 松 生活空間としての大学ですね。
川 勝 大学自体を世界の若者にとって魅力ある住空間に変えていくことが必要です。大学の先生は昔ガウンを着ていましたので、大学とまちが一体となった都市空間を称して、「ガウンとタウン」と呼んでいますが、APUは、その環境と条件を十二分に備えています。
平 松 私も、アジアやその他の国々の留学生とともに、アジア太平洋地域における二十一世紀の緑豊かな生活空間、大分県づくりに取り組みたいと思います。
川勝平太(かわかつへいた)
国際日本文化研究センター教授・博士(オックスフォード大学)
1948(昭和23)年京都生まれ(52歳)。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学院で日本経済史を、オックスフォード大学で英国経済史を学ぶ。早稲田大学経済学部教授を経て、平成10年から現職。
著書『日本文明と近代西洋-鎖国再考-』で近代に先立つ「鎖国」の意味を世界史から見直すというスケールの大きな日本文明論を展開し、注目を集める。平成10年『文明の海洋史観』で 第8回読売論壇賞を受賞。国土審議会の専門委員を務め、21世紀の日本文明にふさわしい長期ビジョンとして、美しい国土を持つ世界に誇りうる日本列島、庭園の島=ガーデンアイランズを提唱。