NEOOITA

2001・11 Vol.42

自然の恵み、健康への贈り物


NEO対談  今井 通子+平松守彦

平松
「ムラの生命(いのち)を都市の暮らしへ」
というのが、私が提唱した一村一品運動のスローガンです。
村の生命とは、地域のエネルギーです。
今井
命あるものを食べれば、自分の命になる。
新鮮な産物をその地域で消費するという地産地消運動の意義や精神もそこにあるのではないでしょうか。


自然からもらう健康
平 松 本日は、豊の国『ごはんで元気』フォーラムの講演で、県産米や県産野菜の消費拡大に向けた地産地消「とよの国食彩」運動の応援をいただき、大変ありがとうございました。会場の大分農業文化公園の印象はいかがだったでしょうか。
今 井 豊かな自然を生かした大分農業文化公園は、21世紀の子どもたちへのすばらしいプレゼントではないでしょうか。私が子どものころ、両親はよく山や海に連れていってくれました。戦後の栄養状態も衛生状態も悪い貧困の中で、まだ抗生物質も発達していませんでしたし、乳幼児死亡率が高かった時代です。両親は医師でしたので、自然界が持つ、健康な子どもを育てるためのいい影響を知っていたと思います。
平 松 今井さんも医学博士でいらっしゃいますが、登山家のイメージが強いですね。どうして山に魅せられたのか、その辺に理由がありそうですね。
今 井 東京生まれの東京育ちなので、行った先で見るもの触るものすべてが面白かったです。山の中で遊び、川で遊び、いろんなことをしてるうちに自然の中で遊ぶのは当たり前になってしまったんです。大学で山岳部に入ったときも、登山を始めたというより自然界に親しむという気持ちでした。  
平 松 自然が大好きだったんですね。
今 井 なんでもそうだと思うんですが、探求心や冒険心というものは、幼いときから知らないうちに育つものですよね。気がつくと、自分の持ってる技術や情熱などをふりしぼってあちこちの山に登るようになっていたんです。
平 松 高い山を何回も登って、ついにはチョモランマのような高い山を登攀され、日本でも有名なアルピニストになってしまいましたね。
今 井 私の場合、山の高さよりもむしろ技術的に難しいところが好きで、ヨーロッパアルプスの3大北壁へ行ってみたり、同じチョモランマを登るにも、厳冬期、しかも最も困難な北壁ダイレクトルートに向ったりしました。
平 松 チョモランマなどは何人ぐらいで登るのですか。
今 井 十二、三人ぐらいが適当ですね。
平 松 高い所で限界に挑戦しますから、全員が一体にならなければ難しいですね。
今 井 それと、それぞれが自発的に動けることが重要です。競技スポーツのように監督が出した指示に従うのとは異なります。自然が相手で場所が見渡せないくらい広い行動範囲です。トランシーバーで交信しても、仲間がどうなっているかすべて把握できるわけでもありません。瞬時の判断は自分自身でということになります。それぞれが独立した能力を持ち、チームワークとして補い合えるぐらいでなければなりません。
平 松 そういうメンバーになるまでには時間がかかるでしょうね。
今 井 核になるメンバーとは日頃の付き合いも大切ですが、肝心なのはその山に登りたいという情熱です。技術的なこと、例えばザイルの結び方1つをとっても、山岳会によって違ったりします。そういう基本技術はお互いに合わせることができますが、1つの山を登ろうという情熱が共通しゃないと駄目ですね。
平 松 地域づくりもまったく同じです。21世紀のスタートにあたり、私は「夢と情熱を持とう」と県民の皆さんや職員に呼びかけました。
今 井 大分農業文化公園は、そのメッセージのシンボルですね。
※チョモランマ…世界最高峰エベレスト(8,848m)の中国名
※ヨーロッパアルプス3大北壁…マッターホルン(4,478m)、アイガー (3,970m)、グランドジョラス(4,208m)の各峰への北壁からの登攀。 ヨーロッパアルプス最難峰で知られる。
 
 

地球環境への処方箋
平 松 先生は著書で、地球温暖化による影響として、チョモランマなどの山の氷が徐々に溶けて岩壁の形が変化していることを紹介されていますが、これには驚きました。
今 井 西ヨーロッパのアルプスなどもそうですが、1960年代を境にどんどん変化してきました。氷河を登ろうと思えばもっと高く登らなければならない。世界中で開発が進むにつれて氷河がどんどん後退しているのです。
平 松 我々が想像しているよりも早いスピードで地球温暖化が進んでいることが、山の上の変化でわかるわけですね。
今 井 温暖化の影響で、植生が変わったり、熱帯の病気が南北へ移動するなどいろいろなことが生じます。降雨の局地化も激しくなり、人間が利用できる淡水の量の地域的な偏りが拡大し、砂漠化現象で水がなくなった地域の人々が難民となって移動する「環境難民」が地球規模で発生することも心配されます。
平 松 いま中国の黄河が大変ですね。私も昨年アジアグリーンネットワーク宣言を行って、中国の南京師範大学に行って木を植えてきました。砂漠化の影響で拡大する黄砂もそうですが、アジアの空がきれいにならなければ、日本の空もきれいになりませんので、中国などアジア各国へ植林を呼びかけているんです。

今 井  日本は水が豊かな国で大丈夫だと信じている人が多いようですが、私はそう思いません。何年か前に九州でも、福岡あたりですごい水不足になって、節水、取水制限をしたことがありました。東京でも今年の夏に1度取水制限になりました。このような状況を考えれば、水を溜めておくことはとても大切です。
 日本は森林率が63%で世界に冠たる森林王国ですが、川は3%しかないので、2,000年も前から昔の人は、田んぼを作って保水し、治水してきました。それで水の豊かな国を保ってきたわけです。

平 松 水田を作った昔の人の知恵に感謝しなければなりませんね。
今 井 水田を減らせば私たちの水がなくなって生きていけなくなります。そして、そこからあふれた水は、他の地域で凶暴化します。集中豪雨などに備えるためには、ダムなどの治水対応も必要ですが、その一方では、治水も保水も、環境保全もしてくれる水田を大切にしなければいけないと思います。
平 松 農業基本法が改正されて、ようやく棚田の持つ多面的な機能が認められ、維持、保全が叫ばれるようになりました。非常に大きな進歩だと私は思います。
今 井 田んぼの役割をアジアをはじめとして、世界中に知らせ、農地や農業に対する正しい認識を広めることが必要です。森や田んぼを保全して水を育んでもらう。そのためにはやはり日本が先頭に立つべきです。
平 松 先生は「森林商店街」を提案されていますね。
今 井 農業・林業にたずさわる方々は高齢化しています。後継者の問題も深刻です。趣味として農業・林業やる人を増やす必要があると思います。1970年代頃から、山は中高年登山者でいっぱいになってきました。田んぼも山(森林)も、そういった人たちが週末を楽しめるような形で農家と契約するシステムを作ればいいのではないでしょうか。
平 松 大分農業文化公園でも貸し農園・クラインガルテンを作ったらとても評判が良くて、すぐに満杯になってしまいました。
今 井 その貸し農園を大規模にしたものを考えてもらえばいいと思います。農地や山を活用して、地主さんの山ごとに、例えばブルーベリーを摘める山、キノコ採りの山、アスレチックで楽しめる山といった具合にいろいろな遊びや活動の場を設けます。様々な楽しみがそろっている、自然の中の商店街のような空間です。
平 松 農業文化公園の周辺の町ではグリーンツーリズムが盛んで、都会の人々がたくさんやってきて地元と活発に交流しています。農業文化公園が核となった大分県版「森林商店街」がお目見えするかもしれませんよ。
 
 
 

食と健康、医食同源
今 井 人間を含め、動物はすべて、自分を生かすという使命を持って生まれてきてます。命ある物を食べれば、自分の命になる。昔はその土地の4里4方・20キロ以内ぐらいのものを食べて暮らせば健康でいられると言われていました。新鮮な産物をその地域で消費するという地産地消運動の意義や精神もそこにあるのではないでしょうか。
平 松 「ムラの生命(いのち)を都市の暮らしへ」というのが、私が提唱した一村一品運動のスローガンなのですが、村の生命というのは、米や野菜であり、地域のエネルギーです。
今 井 外国産の米や野菜には、農薬のほかにも、輸送中の腐敗や品質の低下を抑えるために使われるポストハーベストの心配が付きまといます。アレルギーなど後世への影響にも不安が残ります。穫り入れからの日数の経過で、味や香り、ビタミン、栄養なども死んでしまいます。生命を持つ国産の米や野菜とは勝負になりません。
平 松 地産地消運動は、中国の「医食同源」にもつながりますね。
今 井  同じような考え方が、ヨーロッパにもあります。イタリアでは、トマトが七種類もあるんですよ。甘いもの、青臭いもの、柔らかいもの、ちょっと固いものなど、イタリアの人々は、スパゲティをトマトソースで食べるとき、その日の体調に合わせて使うトマトを選ぶんです。手間暇かかって経済的には非効率ですが、自分たちの健康を守るために、イタリアの人たちはそういった農業を続けています。
平 松 イタリア人がスパゲティにかけるソースのトマトは、イタリア産でないと、やはり美味しくない。
今 井 そういった意味で、私は日本の米に固執しているわけです。欧米のように脂肪分、動物性タンパク質を多く取る方が強靱な身体になれると考えられがちですが、米のタンパク質は植物タンパクの中でも最も良質なのです。餅、白米、玄米と形や種類を変えて食べることで、体内にエネルギーを蓄積することもできます。脂肪よりもエネルギー効率がいいため、運動量を必要とする場合にプラスになります。
平 松 日本人は、世界の中でも、最も良質な主食を持っていると言えますね。米を食べないことは間違いと言うか、もったいないことをしているわけですね。
今 井 そのうえ、米は炭水化物なので、そのままエネルギーになってくれますから、太らないんですよ。脂肪は1回摂ると体内に蓄積してしまいます。米と一緒に食べる物の油分をコントロールすればいいのです。  最近、日本の副食が見直されています。米によく合う山イモ、里イモなどの食材には、ガンの予防になるといって話題になっているポリフェノールが含まれています。日本の食材にはそういった必要なものがちゃんと入っているんです。
平 松 知らないだけですね。
今 井 安全、安心な地域の産物で和食型にするのが、健康で長生きするための第1歩と言えます。
平 松 今日は、この後先生に、大分の郷土料理のだんご汁を味わっていただこうと用意しました。地元の小麦を挽いて作った地粉のだんご、一村一品のしいたけ、ほかにも里イモなどの旬の地元野菜がたっぷり入っています。かぼすも香りづけに入れてください。
今 井 大分はいいですね。そういったものが全部そろっているわけですから。地産地消、健康まるごと、いただきます。
 
 
 

今井 通子(いまい みちこ)
作家
医師、登山家 1942(昭和17)年 東京都生れ
1966年東京女子医科大学卒業 医学博士
女性として世界初のヨーロッパアルプス3大北壁登攀成功、チョモランマ峰北壁冬季世界最 高到達点記録、厳冬期に朝鮮民主主義人民共和国の白頭山、金剛山、妙香山に登頂など、登山 家としても活躍。 現在、東京女子医科大学付属病院腎総合医療センター泌尿器科非常勤講 師。日本泌尿器科学会専門医。(株)ル・ベルソー代表取締役社長。ごはんを食べよう国民運 動推進協議会副会長ほか公職を務める。主な著書に『私の北壁』『自然流おいしい食事』『山 は私の学校だった』『魔頂チョモランマ』ほか多数。


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