NEOOITA

2002・8 Vol.45
 

料理の極意は工夫と愛情



自分の体に投資しろ
知 事 日本経済新聞の『私の履歴書』を読んで以来、ぜひ一度お話をさせていただきたいと思っていました。
村 上 ありがとうござます。
知 事 今日は、村上さんの料理人生、生涯現役のコック人生についてお聞かせください。元々ご実家が洋食の食堂をやっていらっしゃったのですね。
村 上 そうです。ところが、私が小学校五年生のときに両親が続けて亡くなりました。何か職業を身につけなきゃいかんと真剣でした。担任の先生に体格と腕っ節を見込まれ、「相撲取りになれ」と言われて高砂部屋へ連れていかれたこともありました。稽古を見ましたが、日銭を稼ぐ必要に迫られていましたので入門をあきらめ、チャンコをごちそうになって帰りました。それからいろいろ考えて、やはり衣食住で、一番大事なこと、「食」を選んでこの道に入りました。小学校六年生のときでした。
知 事 その頃から料理人を志されたのですね。
村 上 和食や中華なども考えましたが、子ども心に洋食レストランの活気に魅力を感じ、「これからは洋食だ」と思いこの道を選びました。ですから、私は父親の跡を継いだわけではなく自分で選んでコックになったのです。
知 事 小学生の頃から修業を積まれ、戦争中は上官からの命令で戦地で料理の腕を振るわれたり、戦後は接収された帝国ホテルで進駐軍の将校の料理を作ったりと、村上さんの人生はいろいろな場面で常に料理と絡み合って今日に至っているように感じます。
村 上 私のことを運が悪いと言う方もいますが、私は、いろいろな経験からいろいろなことを学べて、こんなに運のいい男はいないと思っています。
知 事 私が感心したのは、「自分の体に投資しろ」という言葉です。
村 上 帝国ホテルに入って先輩から学んだことを毎日ノートに記すことを続けました。
知 事 しかし、昔は先輩がなかなか「秘伝」を教えてくれず、大変だったそうですね。
村 上 調理が終わると大きな鍋が積み上がります。それを洗い場に持ってくる役目が交代であるんです。鍋をお湯の中につけてきれいに洗うんですが、鍋底に残っているソースを舐めて味を覚えてやろうと思ったらとんでもないことでして、塩を入れたり、石けん水を入れたりしてあるんです。
知 事 味がわからないようにしているわけですね。
村 上 休憩時間を惜しむように鍋磨きを毎日熱心にやっていましたら、磨いた鍋を見たあるシェフが、「こいつは料理の心がわかるな」と言われました。それから、ソースが残ったままの鍋が回ってくるようになりました。
知 事 そのソースを舐めて味を覚えたのですか。
村 上 舌を鍛えないといけませんから。
知 事 村上さん自身は今はどうされていますか。
村 上 私はどんどん舐めさせます。昔のようなやり方ではいけないと思います。私の時代までは、料理の分量を示すレシピというものはなかったんです。みんなに協力してもらって作ったレシピが参考になって、今各部署で料理が作られています。
知 事 ようやくマニュアルとして公開されたわけですね。
村 上 自分の知ってる仕事は公開して教えてやるべきなのです。怒鳴るのと同じ口から教える言葉が出るのですから、教えるべきです。そのかわり自分も勉強しなければなりません。私も毎日一時間か二時間ずつ必ず勉強し続け、ノート三十冊ぐらい書きました。今も若い人に言っています。「勤務時間以外で一日一時間、自分の仕事に関係のあることを必ず勉強しなさい」と。「知恵は力だ。少しずつ、あわてずに紙を一枚一枚接ぐように勉強していくことが大事なんだ」と。


チャンスは練って待て
知 事 「急ぐな。味が逃げる」というのも面白い言葉ですね。
村 上 フランスで修業しているときにアンリ・ル・ジュールという料理長からもらった小言です。
知 事 あまり急ぐと味が逃げるから、ゆっくりやるようにという意味ですね。
村 上 フランスのシェフたちは、味を閉じこめるために技量を駆使して仕上げます。そうしなければ味が逃げてしまいます。お客様は、「早くしろ」という苦情は全くおっしゃいませんし、おいしい料理を待つのを楽しみにしています。
知 事 四年前、南フランスのモンペリエ市を訪問し、そこから有名なカルカッソンヌ城を自動車で見学し、そばのフランス料理店でのレセプションに出席しました。飛行機の出発までの時間を利用して城の見学をしたかったものですから、食事を三十分ぐらいの簡単なものにして欲しいとシェフに掛け合ってもらったのですが、一時間はかかると言われて時間を縮めてもらえませんでした。それでとうとう、お城を直に見ないまま飛行機に乗って帰ってきたんです。「急ぐな。味が逃げる」の教えに忠実なシェフだったのでしょうね(笑)。
村 上 そうだと思います。フランス人は時間をかけて食事をすることが一番幸福だと考えていますから。
知 事 日本料理でも同じようなことが言えるかもしれません。今、スローフードといって食文化や食習慣が見直されていますが、みそ汁やどんな料理でも、手間暇かけて、素材からきちんと作らなければ本当の味が出ません。
村 上 時間をかけて、そしてタイミングを取りながら、お客様のお皿が下がってきてから次の料理の盛り付けをやってすぐにお出しする。私は、これが一番いいサービスだと考えています。
知 事 その辺が難しいところですね。
村 上 前のお皿が下がった瞬間、次の料理が出てくるというのはタイミングが良すぎます。前もって盛り付けをしているのかもしれません。冷めないうちにおいしく召上がっていただくためには、多少待っていただくことになります。
知 事 大分県の知事になる前東京に居たときに、帝国ホテルで一番印象に残っているのがバイキング料理です。村上さんが日本で初めて考案したものだと知ってびっくりしました。
村 上 今から四十四年前です。
知 事 あの頃、よく食べに行きました。
村 上 ありがとうございます。
知 事 あれはどういうところから生まれてきたのですか。
村 上 私がパリのリッツホテルで勉強していたときに、北欧にこういう料理があるから、勉強してこいと当時の社長から直々に手紙を受けました。それで、デンマークのコペンハーゲンのレストランに飛びました。
知 事 デンマークはバイキングの国ですから、それでバイキングなんでしょうか。
村 上 スモーガスボードというのが正式な名前ですが、日本では当時まだ知られていませんでしたので、従業員から名前を募集しました。その中にバイキングというのがありました。その頃、海賊映画の「バイキング」が上演されていて、船上で飲み放題、食べ放題のシーンがありましたので、それがヒントになったようです。
知 事 日本人の好みに合ったんでしょうか、大ヒットでしたね。待たずにおいしい料理が好きなだけ食べられるわけですから
村 上 大衆消費時代の波にも乗って、大好評でした。「チャンスは練って待て」が私の座右の銘です。「果報は寝て待て」のもじりです。私の幸運なコック人生は料理と同様に、じっくり準備し、努力した結果だと思っています。


いい料理人といい食材
知 事 一村一品運動で、大分県のカボス、シイタケ、焼酎など、いい品物を各地域で作ろうと呼びかけ、いろいろなものが出てきましたが、結局、いい人材が育たなければいい品物ができません。私が塾長になって、農業や商業など様々なことを学んでもらうように塾を作って勉強してるんです。
村 上 それはいいですね。
知 事 村上さんもお弟子さんにいろいろ教えていらっしゃると思いますが、「料理の魂」というものをどう教育されているのでしょうか。
村 上 私は帝国ホテルで三人の料理長に仕えましたが、それぞれ「料理は腕と心で作れ」「頭で作れ」「体で作れ」と教わりました。私は「料理の極意は工夫と愛情」、揮ごうを頼まれるとこの言葉を書きます。
知 事 技と心を鍛えるということでしょうか。
村 上 例えば、マヨネーズを作ります。初めはうまくいきませんので、分離します。そうすると、昔は先輩が「何年コックやってるんだ」と言って怒っていました。「向こう行って他の仕事やってろ」と言って自分が直すのです。
知 事 怒るだけで直し方を教えてくれなかったわけですね。
村 上 なぜ分離したのか、油の温度が低すぎたのではないか、油の入れる量に対してまぜるのが遅かったんじゃないかなど、教えてやれば覚えるわけです。なるほどなぁと理解すれば間違った調理方法をやらなくなります。きちんとした理論を教えないと駄目です。
知 事 人を教える、教育というのは難しいものですね。
村 上 教えるのには親切心がないと駄目です。ナイフを使っているコックを見て姿勢が悪ければ、「正しい姿勢で切ると真っすぐに切れる。姿勢が悪いから切った物も曲がるんだ」と教えます。一ヶ月ぐらいたつと、ちゃんと姿勢が戻ります。
村上
私たちは味を要求しますので、
材料選びは大切です。
大分のシイタケなど素晴らしいですね。
味があります。
平松 
本物の素材が改めて
見直される時代になりました。
フランス料理の場合、
材料選びには特に神経を
使われるのではないですか。
知 事 マニュアルに書いていないことですね。
村 上 塩振りはもっと大変です。塩一つで味が決まってしまいますし、料理によって塩の振り方が違います。魚の種類、肉の部位や厚さによっても塩加減があります。それをちゃんと会得して、間違いなくできるようになるまでに三年ぐらいかかります。
知 事 「塩振り三年」ですね。塩振りにも素材を見極め、吟味する力が必要ですね。最近、食品の表示が問題になって、本物の素材が改めて見直される時代になりました。家庭で使う場合もそうですが、フランス料理の場合、材料選びには特に神経を使われるのではないですか。
村 上 そうですね。やはり、私たちは味を要求しますので、材料選びは大切です。大分のシイタケなど素晴らしいですね。
知 事 ありがとうございます。
村 上 味があります。シイタケを使うんだったら大分のを使います。バターでふぁーっと炒めるだけでおいしいですから。輸入したシイタケですと、炒めたらソースでからめないと味がありません。
知 事 そういう話を聞くと大分の生産者も喜ぶと思います。大分からもいろいろな産品が出ています。これはこういうところに気を付けて栽培したらいいかとか、そういうことを、使われる立場からアドバイスいただければと思います。

 

村上信夫(帝国ホテル料理顧問)
1921年 東京生まれ(80歳) 
1933年(昭和8年)浅草ブラジルコーヒー入店。その後、
銀座つばさグリル、新橋第一ホテル、糖業会館レストラン・リッツなど。
1940年(昭和15年)帝国ホテル(一年間の見習いを経て)入社
1955年(昭和30年)在ベルギー日本大使館に出向
1969年(昭和44年)帝国ホテル料理長に就任
1970年(昭和45年)同ホテル取締役料理長に就任
1982年(昭和57年)同ホテル常務取締役料理長に就任 1990年(平成2年)同ホテル専務取締役料理長に就任
1994年(平成6年)専務取締役総料理長に就任
1996年(平成8年)同ホテル料理顧問に就任
1984年(昭和59年)黄綬褒章受章
1994年(平成6年)勲四等瑞宝章受章
現在日本エスコフィエ協会会長


| ページの先頭へ | メニューに戻る |