NEOOITA

2002・11 Vol.46

●特集
大分の「地域力」
地域ならではの自然や文化の魅力を生かして
 取材・文・井上裕子 撮影・竹内康訓
 かつて赤瀬川源平氏の『老人力』という本がベストセラーになった。マイナスイメージが強かった老人の、潜在的な知恵や能力に光をあてた新鮮な視点。それは高齢化時代を生きる我々に大きなヒントとエネルギーを与えてくれた。
 さて、老人力ならぬ「地域力」。考え方は同じだ。これまで長い間、都会に比べて「何もない」「やぼったい」というマイナスイメージでとらえられてきた地方。その地域が昔から持っていた豊かな自然や文化が、いま注目を浴びつつある。都会にはない美しい海や山、森、水、温泉。地域の中で古くから伝え受け継がれてきた芸能や文化。それらが、「癒し」や「共生」という二十一世紀のキーワードと重なり、地域の持つ潜在的な魅力がクローズアップされているのである。
 物質文明を象徴する東京・首都圏の持つパワーを「東京力」とすれば、その対極にあるのが、地域の潜在力、すなわち「地域力」だ。大分には、ほかならぬ地域力が存分に備わっている。その豊かな地域力に気づき、独自の魅力を生かした地域づくりを始めている人たちをレポートした。
 
■「温泉」を生かした地域づくり
 
←「一夜千両お湯が湧く」と別府音頭にも歌われる別府の温泉。別府八湯の中でも、もくもくと湯けむりが立ち上がる鉄輪はとりわけ温泉情緒が漂う。

 大分県が誇る豊かな自然の恵みの中でも、筆頭は別府の温泉だろう。温泉湧出量や源泉総数はもちろん、泉質も日本にある十一種類のうち十種類が湧く、正真正銘の「日本一」。別府の湯けむりは、NHK「二十一世紀に残したい日本の風景百選」第二位に選ばれている。
 明治から昭和初期にかけて一大温泉保養地として繁栄を誇った別府温泉。戦後から高度経済成長期には団体旅行や修学旅行で賑わったが、時代の流れとともに旅の好みが変化し、かつてのような活気は影をひそめていた。
 ところが最近、別府の「温泉文化」を見直し、歴史的な温泉建築や町並みを生かした町づくりをしようと、住民たちが動き出した。その先駆けが、四年前に発足した町づくりグループ「別府八湯竹瓦倶楽部」だ。
竹瓦温泉の前で朗らかな"いつものノリ"を見せてくれた野上さんと岸川さん。
 かつて別府には往時を物語る温泉建築が多数あったが、浜脇高等温泉をはじめ、その多くは姿を消した。かろうじて残っているひとつ、竹瓦温泉の建て替え話が持ち上がったことから、地域住民たちが竹瓦温泉の保存と界隈の町づくりをめざして同倶楽部を結成した。
  「行政に保存を訴えるよりも、町の人びとに竹瓦温泉の大切さを認識してもらうことから始めようと考えました」と、代表世話人のひとりで旅館を営む野上泰生さんは言う。まず古い建物や人情味あふれる店が残る竹瓦温泉界隈のよさを知ってもらおうと「路地裏散歩」を企画し、野上さんらが案内役をつとめた。商店街のママさんたちによるママさんガイドもできた。毎月二回開催するこのツアーが人気を呼び、これまでに延べ二千人を案内。夜の路地裏散歩も生まれた。「やっている人間もお客さんと一緒に遊んでるから、毎日が楽しくて刺激的です」と野上さん。
 自分たちの暮らす町で遊びながら、町を知り、町のよさを伝え、みんなで町を考える。毎秋、竹瓦界隈で開催する「路地裏文化祭」も、そんな活動のひとつだ。今年も、竹瓦温泉の前で七輪を囲んでサンマを焼く「路地裏食堂」、路上での流しの演奏やジャズセッションなど、懐かしの路地裏を体感する多彩なプログラムが催され、住民と観光客が共に楽しんだ。
 町歩きツアーは別府八湯各地に広がり、山の手地区や鉄輪温泉でも毎月開催されるようになった。不定期で始まった「浜脇温泉時間旅行」では、明治期からの建物や多くの井戸が残る、知られざる浜脇を再発見できる。
旧浜田温泉は明治中期からの歴史を持つ。別府の温泉文化を伝える生かし方ができればいいのだが。
「路地裏食堂」昔の別府の路地裏では、近所の人が集まって七輪で魚を焼き、一杯やるこんな風景がよく見られたという。
オンパクでは市内各地の旅館やホテルが会場になった。これは鉄輪の老舗旅館で開かれた別府在住高校生の写真展。
浜脇の路地裏を歩く「浜脇温泉時間旅行」には観光客のほか、地元の人の参加も多かった。昔の写真を見せながら説明する風景も。
古い民家の中を見学させていただく。歴史の重みがずっしり。
 竹瓦温泉と並ぶ別府の歴史的温泉建築といえば、亀川の市有温泉「浜田温泉」。昭和十年に建てられた壮麗な社寺風の建築である。この建物が老朽化して建て替えられることを知った市民らが「建て替え問題を考える会」を結成。浜田温泉前で住民を交えた「風呂端会議」を開催して、補強・補修を提案する提案書を市に提出した。また女性四人が保存修復の署名運動に立ち上がり、一万五千人の署名を集めた。そのひとりで飲食店を経営する岸川多恵子さんは、「人びとの思い出がぎっしり詰まっている建物を壊したら、別府のよさがなくなってしまうと思い、保存運動を始めました」と語る。
大正から昭和初期の市営温泉はユニークなものが多く、中でも竹瓦温泉はその代表。明治12年創業時は屋根が竹瓦葺だったという。市内で唯一の屋内砂湯がある。
浜脇に近いJR東別府駅は、明治44年開業のレトロな駅舎。ここも建て替え計画がある。
今はもう製造されていない懐かしの赤いポストが、浜脇界隈にはいくつか残る。
 この浜田温泉問題がきっかけとなり、みんなが力を合わせ、寄付金などを出し合って歴史や文化を伝える建物や町並みを残そうと、市民を中心に「トラスト」運動も始まった。別府八湯トラスト設立準備委員会(会長野上さん)を結成し、今年九月には行政も交えたシンポジウムを開催。すでに、鉄筋コンクリートの新浜田温泉が向かい側に建設されたが、風前の灯火だった旧館にも生き残りの可能性が見えてきた。「別府の温泉文化を伝える”原石”だけは何としても残さねば。そうすれば時代がったつにつれ磨きがかかってくるはず」と野上さん。大切なものは、残したいという人びとの思いだ。
歴史を物語るこんな家や古い看板なども、よく見るとあちこちに。
浜脇には井戸が多く、ここでは江戸期からの井戸が今も使われている。まろやかな水をみんなでいただく。
浜脇に住むおばあちゃんが、「お茶でもどうぞ」と誘ってくれた。こんな下町人情が味わえるのも、浜脇散策ツァーの醍醐味。


 
←明るく眺めのいいホテルの1室で行われるファンゴエステ。天然の成分がしっとちと肌をうるおしてくれる。
 今秋開かれた第三回別府八湯温泉泊覧会「オンパク」では、六十五種類約二百二十の体験型プログラムが実施されたが、中でも若い女性の関心を集めたのが別府の温泉泥を使ったファンゴエステ。ファンゴとはイタリア語で泥。イタリアのお洒落な女性達に人気のエステだ。
 ホテルの一室で行われたファンゴエステを、実際に見せていただいた。静かな音楽が流れる中、エステティシャン(全身美容師)がゆっくりとマッサージなどを行った後、温泉泥を精製水で溶いて温めたものを顔全体に塗って八分ほどおく。
 指導にあたっている林昌治さんによると、ファンゴには肌のきめを整える、保湿、余分な脂を取る、美肌などの効果があるとのこと。一般的には工場で作られた泥状のものが多いが、別府のファンゴは混ぜ物なしの温泉泥なのでアレルギーの心配がないという。現在、別府では温泉泥八色十二種類が確認されており、その中からフェイシャル(顔美容)用として四種類が肌質などに応じて使われている。福岡から来たという竹田祐美子さんと今村まりさんは、「泥の臭いがまったくなく、肌に浸透していくような感じがすごくいい」と喜んでいた。
 
「別府のファンゴは、どこにもない“オンリーワン”の素材」と胸を張る甲斐さん。
  ファンゴエステは、いろんなエステを試してきたエステファンの間で支持が高い。
 
 研究を進めているのは、別府市の民間グループ「国際ビジネスネットワーク(代表甲斐賢一さん)」のファンゴ部会。同会ではイタリアやドイツの温泉地を回ってファンゴを町づくりに生かしている例を視察したり、ヨーロッパから温泉ドクターを招いて講演会を開くなどして、別府での事業化を進めてきた。
 フェイシャルエステを一般客に実施したのは、昨年、第一回オンパクのとき。以来、オンパクで毎回行ってきたほか、今年七月からは甲斐さんが経営するホテル風月ハモンドで毎週実施。十月にはイタリアから専門家を招いて初めてボディエステの実演も行った。イタリア・日本の大学と共同で研究を進め、ファンゴエステティシャンの育成にも力を入れこれまでに三名が誕生した。
 「別府の温泉泥は粒子が細かくクリーミーで、そのままで製品になると専門家からも非常に評価が高いんです。別府の温泉力があればこそ、こういうファンゴができる。しかも別府は泉質が多いので泥の種類も多い。このファンゴを”町づくり財“と考え、美容や医療などに生かして大切に育てたい」と甲斐さんは新しい町づくりの可能性に意欲を見せる。