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●地勢
大分県のほぼ中央に位置し、北は仏教文化の里の東・西国東郡、西は宇佐市・宇佐郡と、また南は県都大分市及び大分郡と接し、東は温暖な別府湾、豊後水道、瀬戸内海に面している。また、由布鶴見山系の阿蘇くじゅう国立公園、白砂青松の海岸線に象徴される国東半島県立自然公園等の美しい自然に囲まれている。
JR日豊本線や国道10号などの陸の幹線が縦貫し、宇佐別府道路や九州横断自動車道の2つの高速道路と大分空港道路が域内で交差している。さらに、九州の海の玄関口である重要港湾の別府港を擁するなど、交通の要衝である。
●面積・人口
当地域は別府市、杵築市、日出町及び山香町の2市2町で構成され、総人口は184,122人、総面積は432.29km2となっている。
●歴史
この地域の歴史は古く、縄文時代早期の早水台遺跡(日出町)や川原田洞穴遺跡(山香町)などの遺物が見つかっている。
●産業
第1次産業では一村一品の竹細工、きつき茶、城下かれい、山香牛等の農水産物が有名である。
また、「県北国東テクノポリス」で別府市が母都市、杵築市・日出町・山香町が杵築ゾーンに指定されて以来、IC関連の先端技術産業が多数立地し、産業の高度化・ソフト化が進んでいる。
観光では、全国有数の温泉都市別府市をはじめ、城下町杵築の武家屋敷や日出町の暘谷城趾などの歴史的文化遺産を有する。 |
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「地獄」について
「地獄」と聞くと、何だか恐ろしい感じがする。それが温泉を意味するということは、別府の人には当たり前のことだが…。
この「地獄」という表現は、すでに江戸時代の「豊国紀行」(1694年、貝原益軒著)に登場しているが、温泉に関する記録はさらにさかのぼり、奈良時代に編さんされた「豊後国風土記」に“赤湯泉”(「血ノ池地獄」のこと)という言葉で記されている。
このようにかなり古い時代からその存在を知られていた「地獄」だが、これを全国的な観光資源にした最大の功労者が、油屋熊八(1863〜1935)である。彼は昭和2年、4台の自動車を購入し、乗車賃1円で「地獄巡り」観光をはじめた。以来、別府は国内でも有数の観光都市として現在に至っている。 |
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