サブタイトル:長湯温泉の自然観
 直入町の長湯温泉が環境対策に熱心だということは表だって知られていないかもしれない。昭和50年代前半から芹川をきれいにする運動があり、平成14年からは旅館や施設の生ゴミを堆肥化し続けている。直入町が交流しているドイツは徹底したゴミの分別と再利用で世界的に有名だが、長湯温泉はドイツとは一味ちがう生ゴミの”循環“の形を完成させているのだ。
タイトル:観光地の隠し技

写真:首藤さん
首藤文彦さん
多角経営の多忙な経営者だが「いやー、褒められたら止められんごとなりまして」と6か月間生ゴミの回収をした。

写真:回収車
この回収車が長湯温泉の35カ所を回っている。

写真:角田さん
角田長三さん。ガニ湯の近くで居酒屋三ツ屋を経営。
昼間は生ゴミ回収を引き受けている。

写真:リサイクル施設
長湯温泉から少し山に入ったところに
町のリサイクル施設がある。

写真:野菜
霜にもめげず、野菜は青々としている。

写真:大根
元気のよい大根。

写真:土
年1回、5月の植えどきに生ゴミ堆肥の土を100袋入れる。肥料はそれだけでとても素晴らしくおいしい野菜ができる。

写真:湧水
直入は湧水の地でもある。

写真:芹川
芹川。いま、水は澄んで、湯のまちの風情をかたちづくる。
●魚がおらん川は川じゃねぇ
  いま、芹川の水は澄んでいる。旅館街から御前湯の方へ大きく蛇行していく芹川は、長湯温泉の湿潤な風情をかたちづくる大切な要素だ。
  実はその芹川がめちゃくちゃに汚されていた時期があった。昭和50年ごろだ。川にゴミを投げ放題、汚水も流し放題。いまとなっては信じられないような話だが、真夜中に他所からきた屎尿処理業者がタンクの中味をそのまま投棄して川中汚物臭くなっていたこともあったという。
  あまり川が汚れると魚が住まなくなる。
  現在、県議をしている首藤勝次さんがUターンしたのは昭和51年。夜はすることがないから同級生たちと飲み会を重ねているうちに、魚釣り大好き人間だった安藤格巳さん(故人)が「よい、芹川には魚がおらんごとなっちょるぞ」と問題提起した。「オレたちが子どもンころは魚釣りしたり泳いでもぐったりしたのォ」。 あの楽しさを取り戻そうや、とみんなの意気が上がり、13人のメンバーで『淡潮会』を結成した。
  淡潮会の仕事は、休みの日に川岸や川の中の掃除をして終わったら酒を飲むことと、一人三千円ずつ出し合ってエノハの放流をすることだった。
  翌年の3月1日、釣りの解禁日に合わせて町内の魚釣り大会を開いた。腕に覚えのある人たちが子どもたちを連れてわんさと押し寄せ、釣り糸を垂れたところ、釣れる釣れる、エノハが面白いように釣れた。予想もしなかった体長30センチの大きなエノハまで育っていた。
  「よい、川はまだ生きちょるぞ」。メンバーは勢いづいた。魚釣り大会の効果は川の生存を確認しただけではなかった。川の掃除をする人が一挙に5、60人に増えたのだ。釣りをしない人たちにも呼びかけて年会費千円の会員を募った。
  こうして、魚を釣りたい、うまい魚を食べたいという魚への熱意が原動力となって芹川はよみがえっていったのだ。
●言い出しっぺにお鉢がまわった
 毎朝7時からトラックを運転し、各旅館の生ゴミを回収してリサイクル施設に持ち込み堆肥化する。日ごろは高級車セルシオに乗っている旅館翡翠之庄(かわせみのしょう)の経営者首藤文彦さんがこれをやり始めたから、町じゅうの評判になった。
  「生ゴミの回収を始めてから私の評判が急上昇しましてね。翡翠のオーナーはやるじゃねぇかと褒められたもんで、やめられんごとなっちしもうち。2か月でやめるつもりが半年トラックに乗りました」
  ことの始まりは平成14年。旅館組合の寄り合いで首藤文彦組合長が旅館から出る生ゴミを堆肥化しようと提案したのだ。
  長湯温泉の魅力は日本一の炭酸泉と静かな山間の自然環境にある。環境の問題は表からは見えない地道な部分だけれど、長湯温泉の魅力を支える大切な要素だと思う。組合長の意見にはみんな総論で賛成だった。その後の動きも早かった。旅館組合、飲食組合、商工会がまとまって直入町生ゴミ推進協議会を結成。旅館や飲食店の他、病院や施設も参加して35軒の生ゴミを回収することになった。
  生ゴミ堆肥化の施設の費用は、機械の購入と建物の建設で千九百万円がかかる。直入町に話し、町から県の地方振興局に申請が出され、町と県がそれぞれ3分の1ずつ補助してくれるようになった。残る3分の1は自分たちで負担することにし、金融機関から10年返済の融資を受けた。リサイクル施設を建てる土地は町が無料で提供してくれた。さて、問題は誰が生ゴミを運ぶのか? 専従に人を雇う予算はなかった。「あんたが言い出したんじゃから、従業員の誰かにさせちおくれ」と言い出しっぺの組合長にお鉢が回ってきた。
  さて困った。組合長は翡翠の全体会議で生ゴミ回収の仕事の希望者を募ったが、応募はゼロ。手当を出すと言うと、5、6人の手が上がったが三万円と聞いたら、とたんにゼロになった。月三万円もらっても引き合わない仕事なのだ。とうとう、40代後半ながら県体ラグビー現役選手の組合長自身が「ほな、私がやります」と言ってしまった。ということで前述の朝7時からの生ゴミ回収が始まったのだが、このときトラックのステップに乗って、炎暑の夏に耐えた角田長三さんが、現在は独立して自分の仕事にしている。

写真:生ゴミの発酵
生ゴミは堆肥機の中で60〜70度で発酵し、病原菌のいない土になる。

●お金の計算
 生ゴミの堆肥化事業をどう運営していくのかというお金の計算は、さすが経営者たちなのできちんとできている。
  生ゴミ回収の料金は、事業が始まって1か月間、35軒の生ゴミの量を1軒ずつ計り、量に応じて金額を決めた。多いところで月二万円、少ないところは三千円〜五千円だ。事業の実施は直入町生ゴミ推進協議会が株式会社翡翠倶楽部と契約して委託している。機械の電気代、車両代、ガソリン代、車の損保、保険代、借り入れ金の返済、それに人件費でちょうど差し引きゼロ。利益は出ないがやっていける計算になっている。
  月一万円の機械の保険料は、高いようだが必ず掛けておかねば、と言う。昨年、雷が近くに落ちて、その影響で生ゴミ堆肥機のコンピューターがみな故障する大きな事故があった。保険がなかったらとても直せない高額の修理代金だった。
●この土だけで野菜がイキイキ
 できた堆肥は、機械のメーカーが”元菌“として引き取る他、町内で畑をつくっている人たちが、だまって持って行く仕組みになっている。一番たくさんこの堆肥を使って有機農業で野菜をつくっているのは、羽田野待子さんだ。ご主人の羽田野眞一さんと一緒に野菜を生かした加工食品の会社遊草舎を経営している。
  この付近で一番暖かいという、木々に囲まれた2反の畑。その1反5畝に大根、聖護院、ホウレンソウ、小松菜、ブロッコリーなどが青々と育っている。
  年1回、5月の植えどきにリサイクル施設から百袋の堆肥をもらってきて畑に入れる。1袋15sだから1・5トンになる。この堆肥の他には何も使わない。土が柔らかくなって野菜がとてもよくできるという。
●息の長い考え方
 平成16年、直入町は全国で初めての条例をつくった。温泉の研究で知られる札幌国際大学の松田忠徳教授の提案を受け、「広葉樹を植えたら1ヘクタールに三千円の補助金を出す」ということを条例化したのだ。スギやヒノキより保水力の高い広葉樹を植えることで地下水が豊富になる。その地下水が日本一の炭酸泉を豊かにするという五十年、百年先を考えた計画なのだ。もちろん広葉樹林のやさしい景観もこの観光地の大切な財産になっていくだろう。
畑の持ち主、羽田野待子さん
羽田さん
<お問い合わせ先> 直入町生ゴミ推進協議会:直入町役場 TEL 0974-75-2211


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目次 特集/観光地の隠し技
おおいた文学紀行/「濁流に泳ぐ」麻生 久
先人の軌跡 /検番三社中の群像たち−別府市−
大分県立芸術会館ギャラリー

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