大分県立芸術会館ギャラリー VOL7

生野祥雲斎(しょうのしょううんさい)
Sho-no Sho-unsai
1840〜1917年

「したたれ編古花籠」
Shitatareamiho-kohanakago

作品の写真
大正14年(1925)
竹、籐、漆
高さ 42.0p 径 25.0p
大分県立芸術会館蔵

   19歳で竹工芸を始めた生野祥雲斎(本名 秋平)が、修業2年目の大正14年に制作した、祥雲斎の出発点を示す初期の代表作です。この花籠の着想は、あるいは夢の中で得られたものか、箱に「夢暗示乃 志多ゝ礼編」と記されています。
  胴の部分にしたたれ編が、肩から首の部分に数種類の伝統的な編組法が駆使されたこの花籠は、現存する祥雲斎の作品の中で最も緻密な編組技術が発揮された作品であり、別府の名工として聞こえた師匠佐藤竹邑斎の作品に優るとも劣らない優品です。そして、当時別府で「文人籠」と称された高級花籠の典型を示す数少ない遺品でもあります。通常の修業期間の半分にも満たない短い期間に修得した祥雲斎の高い技術が凝縮されたこの花籠は、大連の博覧会に出品され、銀賞を受賞したと伝えられます。
  祥雲斎は昭和15年ころから際立った創作力を発揮し、竹工芸の歴史に清新な足跡を刻み、昭和42年に竹工芸で初めての重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されます。この人間国宝・生野祥雲斎は、まぎれもなく別府の竹工芸の伝統の中から誕生したものです。
  しかし、現在では明治後期以降100年にわたる別府の竹工芸の伝統の継承が困難になりつつあるという危機的状況を迎えています。多くの人々によって築かれてきた別府の竹工芸のかけがえのない有形・無形の文化財を後世に伝えるとともに、21世紀の竹工芸の創造のために、今後もそのすばらしい技術をはぐくんでいかなければなりません。

(大分県立芸術会館主幹学芸員 友永尚子



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目次 特集/観光地の隠し技
おおいた文学紀行/「濁流に泳ぐ」麻生 久
先人の軌跡 /検番三社中の群像たち−別府市−
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