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森の今を生きる人【日田市前津江町】FSG日田会長 綾垣新市さん 無理やり木を植えようとするのは人間の欲なんだ。長い時間をかけて、1本1本大切に育てて山はできあがるんだよ。
林業家の家に生まれ育って、3代目を継ぐ綾垣新市さん。
山の姿を見て、森の声を聞き、木と共に生きてきた。
そんな山の男が、森林の昔と今、
そして、厳しい現状の中で模索する林業の未来を語ってくれた。

 平成3年に後継者グループの若者たちがFSGを結成同年に台風19号は襲来した
 日田市大山町の山中。県道から車で20分ほど山奥に登った現場で、綾垣さんは作業をしていた。日田市前津江町で生まれ育った綾垣新市さんは祖父、父親に続く3代目の林業家だ。
  「初めは会社勤めだったけど、やはり後を継ぐ方が自然かなと思って・・」と話す綾垣さん。平成3年7月、日田管内の若手林業従事者たち23名が集まり、日田地区林業後継者グループ「FSG日田」を結成した。代表を務めた綾垣さんは働き盛りの35歳。血気盛んな23名の後継者たちは、これからの林業を目指し、さまざまな目標を掲げて立ち上がった。
  その2ケ月後のことだった。台風17、19号が相次いで日本列島を襲ったのは。杉の木はなぎ倒され、山は崩れ落ち、川は氾濫し・・と、県内も大きな被害に見舞われた。しかし、そんな時こそ林業者の出番だ!とばかり、仲間たちと立ち上がったのが、結成されたばかりのFSGだった。民家や道路に倒れた木々を除去したり、伐採したりしながら日田市郡内での数々の復旧作業を応援した。その仕事を共にやり遂げた林業仲間は、今でもボランティア活動を行ったり、お互いの人手が足りない時は手伝ったり、と助け合っていると言う。
綾垣親子の写真
「親子二人で写るなんて初めてじゃないかな〜」と照れくさそうに笑う綾垣さん
 
下刈り作業をする輝彦さんの写真下刈り作業に精を出す輝彦さん。
「下刈り作業は夏は暑いし、ハチに刺されるし、キツイです」

綾垣新市さんの写真

「架線綾垣」代表であり、「FSG日田(Hita Region's Forestry Successors Group)の代表でもある綾垣新市さん。現在大分県林業青年会議所理事、日田青年林業会議顧問をも務める。多忙な身だが山に入ると癒されるという

 
綾垣輝彦さんの写真
下刈りするのは綾垣家の4代目となる輝彦さん。日田林高の林業科を卒業後、実家を継いだ。「まだ、仕事を覚えるのがせいいっぱいです」と笑う爽やかな後継者だ
 
綾垣義広さんの写真
後継者対策を推進して欲しいと言うのは綾垣さんの弟、義広さん。綾垣さんの右腕として「架線綾垣」を支えている
   
 その土地土地にあった木を植えること
 欲張ったり、無理をしない、自然に逆らわない山づくりが大切
 綾垣さんは、子供の頃から山で育ち、祖父や父親の仕事を間近で見続けてきた。
 「昔の山仕事はシンプルだったよ」と綾垣さんは杉林を見上げながら話す。
 「とにかく山を大切にしよう、木を大きくしようと、それだけを考えて自分たちの仕事をしていれば良かった。だけど、今は、平成3年の台風災害以来、台風がくればまた被害があるんじゃないかという心配の方が先に立ってしまう。今では山が循環しなくなり、経済的にも機能しなくなったんだ」
場所によって成長の早い杉の木は、年々大きくなってくるが、その分根が木の大きさ高さに耐え切れず、台風や雪に弱くなっている。今までの台風で被害にあった山々が手付かずで放置されていたり、風倒木の処理がまだ済んでいないうちに次の台風が来る。木を植え、育てるのが林業者の仕事のはずなのに、災害の後処理に追われ、また、襲って来るかもしれない台風の影におびえてしまう。自然のせいだけではない。
 「それもこれも人間の欲なんです」と綾垣さんは言う。「私が子供の頃、ここは野だったんですよ。昔は、農耕用として牛が飼われていたので、牛の餌にする干草をこの一帯で刈り取っていたんですよ。そもそも木を植える土地ではないところを切り開き、無理やりたくさんの木を植えようとした結果なんです。時間はかかるけど、1本1本大切に育ててこそ、山は出来上がるんです」
  そうやって丁寧に山を作っていきたいが、それでは経済が成りたたない。風倒木を機械で伐採し、運ばれた材木が町に集まると、材価は下がるばかりだ。昔は働きに見合った賃金が出ていたのが、今では材価に合わせて賃金が決められてしまう。
  「これでは後継者が育たない。せっかく林業を目指す若者がいても生活できる収入がキチンとないとやはり根付いて行かないんです」と綾垣さんは言う。
伐採作業風景の写真
狙った位置にきれいに倒れていく。
ここは熟練者の技が光る手仕事だ
伐採された木を挟むグラップルの写真 ハーベスタの写真
木を切り、倒す、枝を払う、積む・・何役もこなすハーベスタで、昔は数人がかりだった作業もアッと言う間に終わる
山道を作っていく作業の写真
トラックや運搬車が通れるように倒れた木々をグラップルで挟み、除去しながら山道を作っていく
   
 課題は、後継者が育つ環境作りをすること、人々にもっと山に関心を持ってもらうこと。
 そこから本当の山づくりは始まっていく
 林業後継者を募る前に、そもそも山の仕事とはどんなものかを知っている人はいるだろうか?
  山の仕事は、まず、植林するための地ごしらえから始まる。地ごしらえをしたら、等間隔に木の苗を植えて行く。定期的に下刈りをする。次は根がしっかりと張るために、また、光をふんだんに入れるために間伐を行う。30年、40年たった頃やっと収入になる間伐を行う。さらに、それから4、50年たった頃、全伐を行うのだ。気の遠くなる仕事のようだが、次世代へ受け継ぎながら、時を超えた先を見ながら、木々を植え、伐採し、少しずつ山を作っていくという、壮大な仕事でもある。だからこそ、後に続く後継者は必要となる。綾垣さんの長男である輝彦さんもその一人だが、彼らのような若者たちを確保するためにも、行政にも協力してもらいながら、もっと魅力的な環境づくりを行っていくのが、今後の課題だ。さらに、県内外の人々にもっと山への関心を持ってもらうこと。そのために綾垣さんはグリーンツーリズムなども計画し、木がどうしたら育ち、山はどうやってできていくのを知ってもらいながら林業を体験してもらいたいと言う。そして、生産林業だけでなく、保全林業にももっと力を入れることが大切だ。災害を無くすためにも、木が伸びすぎないうちに伐採する期間を早めたり、積極的に広葉樹を植えていったり、そんなことも実現していきたい。
  「今、金になればいいという考えよりも、もっと先のことを考えなければいけないと思うんです。山づくりは決して林業家だけが行うものではない、行政も県民も目と心を向けてみんなで森を作っていきたいんです」
  そんな現場からの生の声は、未来に生き残ろうとする山からの声に聞こえた。

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