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おおいた文学紀行 宇佐市 横山利一 「旅愁」
 私たちが日本と日本人を強く意識するのは海外を旅行した時、特に初めて西洋に行った時だろう。  
 横光利一は昭和11年2月、新聞社の特派員として、ベルリンオリンピック取材のため船で渡欧。パリを拠点にヨーロッパ各地を旅して、シベリア経由で8月、帰国した。  
 この時の体験を基に書かれたのが「旅愁」で、翌12年4月から戦後の21年4月まで新聞や雑誌に発表され、横光の病死によって未完の長編小説となった。 「旅愁」は西洋と東洋、科学と道徳(モラル)の葛藤をテーマとした。それは結果的に横光家のルーツ探しともなった。
  横光の父祖の地(本籍)は宇佐郡長峰村(現宇佐市赤尾)なので、小説では宇佐が重要な位置を占め、最後の方で、主人公に父祖の地を訪ねさせている。
パスポートの写真
パスポート
ベルリンにて撮影の写真
ベルリンにて
妻へあてた手紙の写真
妻へあてた手紙
当時の記事の写真
連載されていた当時の新聞
身分証明書の写真
身分証明書
 まず「旅愁」のあらすじを見よう。
昭和11年2月、主人公の矢代耕一郎は歴史研究のためパリへ留学する。船中、イギリスで外交官をしている兄のもとへ遊びに行く宇佐美千鶴子やパリ崇拝者の久慈らと知り合う。ヨーロッパに着くと矢代は日本を強く意識し、西洋の科学主義、合理主義に反発を感じる。そんな矢代と、西洋心酔者の久慈とは、科学と伝統・道徳、西洋と東洋のそれぞれのよさについて果てしない論争を続ける。
  千鶴子はカトリックで、初めは久慈と親しくなるが、次第に誠実で潔癖な矢代に引かれていく。2人はチロルの氷河での冒険やオペラ「椿姫」の観劇などを通して、互いの愛を確認していく。だが矢代は旅の中での2人の愛は正常なものではなく、日本に帰れば消えるものと慎重な態度を崩さず、2は別々に帰国する。
  このため帰国後の2人の仲は、互いの家の事情もありぎくしゃくするが、パリ時代の友人や千鶴子の積極的な働きかけで、結納にまで進む。
  しかし結婚となると、矢代は千鶴子の信じるキリスト教が2人の間の大きな障害であることに改めて気付く。矢代を悩ましたのは、先祖を滅ぼしたのがキリシタンの大友宗麟だったこと。日本に最初に入った西洋はキリスト教(カトリック)であり、鉄砲や大砲だった。矢代の先祖の城は宗麟の大砲によって落とされた。このことを知らされた千鶴子も恐怖にかられる。西洋と東洋の対立が2人の間にあるのだ。
  矢代は心の整理をつけるためと、帰国後に亡くなった父の遺骨を父祖の墓地に納めるため、宇佐を訪れ、先祖の立てこもった城山に登ったり、菩提寺や父の実家を見る。
  「城山は馬蹄形の山容で、部厚い肩から両腕を前に延ばしたその真ん中の、首の位置にあたる場所に、谷から突つ立った高い平面を支へてゐる石垣が望まれた」
 「矢代は城砦にあたる外廓の一つ向ふに見える翼形の峯を瞶めた。そこは、陣形として山容を眺めてゐるうちにも、自然に彼の視線を牽きよせる高みの場所だったからであるが、何ぜともなく彼はそこを中心に、攻め襲って来たカソリックの大友の軍勢を想像するのだった」
 墓地に納骨を済ませた矢代は京都で待つ千鶴子との約束でそそくさと父祖の地を後にするが、ふと振り返って城山の峰を見る。 「文句なく、遠い先祖が起き上がり黙って彼を見送ってゐてくれた姿に感じた」 「矢代はこみ上ってくる感動に堪へかねて、たうとう泣いた。涙が出て来てとまらなかった」
  その後、矢代と千鶴子の結婚がどうなるかは、書かれないままだが、2人の心の葛藤は横光にはもうどうでもよかっただろう。 西洋の科学主義と東洋の精神主義のどちらが優位かは、現代にならねば見えてこない問題だからだ。横光が「旅愁」を書いた戦中・戦後は、欧米との戦争で日本の精神主義が科学主義に敗れた時代だった。それは矢代家の先祖が大友宗麟によって西洋の科学兵器に敗れたのと同じだった。矢代が最後に城山に向かって涙を流したのは、敗戦を体験した横光の無念さだったのではなかろうか。
  城山は現在、光岡城跡(県指定史跡)としてきれいに整備され、横光の文学碑も建っている。だが城山が大友軍に大砲で攻められたという記録はない。ただ宇佐神宮が大友軍によって焼き討ちされたのは史実であり、それを城山に見立てた横光の創作だろう。
 それにしても「旅愁」が提起した西洋の科学(物質)主義か東洋の道徳(精神)主義かのテーマは、戦後60年の日本の繁栄の中で、今改めて問われているのではなかろうか。
石碑の写真
文学碑
原稿の写真
旅愁の原稿
手紙の写真 岡本太郎と本人の写真 菩提寺正面の写真
川端康成からの手紙 パリの岡本太郎(左)のアトリエで
(昭和11年)
菩提寺
スケッチの写真 光岡城からの写真 色紙の写真
岡本太郎が描いたデススケッチ 光岡城からの街並  
死の2ヶ月前に書いた色紙
図書館の写真
宇佐市立図書館
横山利一のコーナー
毎年秋に企画展が行われる
本人の写真大正7年ごろ

▽参考文献
『定本横光利一全集 第八、九巻』(河出書房新社)
宇佐細見シリーズ『横山利一の世界、同II』(豊の国宇佐市塾)
「旅愁」文学碑建立記念誌編集委員会編
『横山利一と宇佐』(幹林書房)


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