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16代目久家里三社長。
一級建築士である。 |
若い蔵だ。社長が42歳、杜氏が32歳。 社長の久家里三(くげさとぞう)さんは7年前に帰郷するまで、清水建設の現場責任者としてバングラディッシュ、タイ、ネパールなどで大使館やODAの建物の施工をしてきた。帰郷の前にしていた仕事は、シンガポールの企業が建設した150億円のビルのプロジェクト・マネジャー、つまり総指揮者だった。
150億円のビル建設のマネジメントから、年商五億円の酒造会社の経営へ。若い経営者はどのような改革をしていったのだろうか。 |

「これからは、購買者に直接買ってもらう時代。店頭で見たとき分かりやすい表示にしよう」 |
たとえば清酒に特撰、上撰、特別上撰などがあり、どれがどう違うのか分からない。その違いを分かりやすくし、あいまいな表現をやめた。焼酎にもこの考え方が表れている。焼酎のミニチュアびん5本セットがつくられているが、そのおもちゃみたいにかわいいびんの箱に、小さな栞が入っていて、1本ずつの説明がバシッと書かれている。『主要原材料・麹の種類・蒸留方法・ろ過方法・貯蔵方法・貯蔵年数・アルコール度数・一口コメント』。
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「従来の杜氏に代えて、松野勇夫という若い製造部員を杜氏にした」 |
杜氏も社員だから、酒づくりの季節が終われば、びん詰めやトラックでの配送をする。そういう意識改革で人件費が削減され、原価を抑えることができた。また、若い杜氏は、若い社長の挑戦に喜んで加担する。「食用米で酒をつくれないか、なんていう発想にも松野君はできないとは言わない。”堅く蒸してやってみましょう“と積極的に実験してくれるんですね」
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というわけで「酒づくりに適していないとされる食用米で清酒をつくりはじめた」 |
これは、相当に革新的な試みだろう。久家社長がなぜそんな発想をしたかというと、酒づくりに適した酒造好適米は、その年の生産量がだいたい決まっていて、追加注文ができにくい。逆に、酒の生産量を減らした年も、契約農家に悪いからと全量買って在庫を抱えることになる、と。「それならば、普通に食べているお米を使った方が、酒をつくる側は大変だけど、米としては長続きするかなと考えたわけです」
ちょうど、臼杵市と野津町が合併する時期にあたっていたので、野津町のヒノヒカリを使って”合併記念“とした。JA野津町の広報紙で公募した名前が『好いちょん』。名前のおかげでバレンタインデー用に増産し、バレンタイン・バージョンのピンク色の瓶が若い人たちに売れた。 |