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 大分市出身の藤島さん。大分豊府高校を経て、愛媛大学法文学部へと進んだ。大学卒業後は、そのまま松山で住宅メーカーの「積水ハウス」に就職。分譲地の営業所へ配属されたため飛び込み営業の仕事が多かったが、藤島さんにとっては辛いことではなくむしろ楽しかったという。千軒訪問して1件の契約が取れればいい方というなか、入社からの1年半で、新入社員としては異例の分譲住宅3軒を成約した。持ち前の社交的な性格に加え、ここでの仕事で営業力を養ったようだ。
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しかし、時を同じくして妹さんの訃報が届く。それを機に両親の事が気になり、Uターンを決意。大分へ帰ってきたのはいいが、就職するための準備を何もしていなかった。それでもあきらめず、社会福祉士の資格を取る決意をし、後藤学園の智泉総合福祉専門学校へと進学する。
校内で大分岡病院の求人を見つけた。メディカルソーシャルワーカーの仕事はなかなか求人が出ないため、競争は激しい。しかし、人との接し方が重要とされる仕事のため、営業の経験がある藤島さんは約20倍の競争率のなか見事内定を勝ち取る事ができた。ところが、4月1日から仕事が始まるのに対し、社会福祉士の合格発表が行われるのは3月31日。もちろん就職には資格取得が絶対条件。その間は気が気ではなかったという。
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2003年4月1日。晴れて大分岡病院で働くこととなった藤島さん。患者さんの悩みを聞いたり、営業、広報としての仕事に励み、現在は同病院の広報誌『おかのかお』を手掛け、地元のお店に取材に行ったり原稿を書いたりと、多忙な日々を過ごしている。休日には、広報になってから魅力に取りつかれたカメラを片手に、県内のいたる所にドライブがてら出かけ、シャッターを切ったり、旧友と大分市のリーグでサッカーをしたりと充実した日々を送っている。「時間の流れがゆっくりで、人と人とのふれあいを楽しむことができますね」と、はつらつと語る藤島さんだった。
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※大分岡病院は、第1回大分県男女共同参画推進事業者顕彰で今年2月に県知事表彰を受けています。
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