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国史跡及び国名勝の新指定について(答申)

印刷用ページを表示する掲載日:2018年6月15日更新

国の文化審議会は、平成30年6月15日(金曜日)に開催された同審議会文化財分科会の審議・議決を経て、新たに史跡名勝天然記念物を指定することを文部科学大臣に答申しました。
県内からは、臼杵市の下藤キリシタン墓地が史跡に、豊後高田市の中山仙境(夷谷)と国東市の文殊耶馬が名勝に、新たに指定するよう答申がなされました。
本文化財については、今後官報告示をもって正式に指定されることとなります。

国史跡 下藤キリシタン墓地 [しもふじきりしたんぼち]

simofuji大分県臼杵市野津町大字原字山仲2270番
(面積 1,487平方メートル)

下藤キリシタン墓地は、野津川左岸の下藤北台地に位置し、戦国末期から江戸時代初期までに形成された、キリシタンを埋葬する墓地で、66基のキリシタン墓、礎石建物、道路跡が確認されている。また、「INRI」(ナザレの王、ユダヤのイエス)と刻された石造物などが出土し、フロイスの『日本史』の記述から、豊後国野津院のリアンが作った墓地であると考えられている。

国名勝 中山仙境(夷谷)[なかやませんきょう(えびすだに)]

nakayamasenkyou大分県豊後高田市夷629番1外 311筆 等
(面積 1,642,341.93平方メートル)

中山仙境(夷谷)は、古代以来の夷(えびす)石屋(いわや)に起源し、中山仙境の屹立(きつりつ)した岩峰群の連なりは東夷(ひがしえびす)と西夷(にしえびす)の双方に臨み、最高所となる高城(たかじょう)の頂部からは、遠く北東方に周防灘を望むことができ、風致景観だけでなく展望地点としても優れている。また、夷谷一帯に8つの優れた情景を詠った和歌があり、「夷谷八景」を称え、その風情は今日にまで伝えられている。

国名勝 文殊耶馬[もんじゅやば]

monjyuyaba大分県国東市国東町岩戸寺字小岳626番1外 38筆 等
(面積 478,498.44平方メートル)

文殊耶馬は、古代以来の山岳寺院である文殊仙寺の境内地を中心とし、大ブク・小ブク、塀岩(へいいわ)などの奇岩・岩峰群が峭立(しょうりつ)する優れた風致景観で、近世・近代に見出された景勝地の風情を今によく伝える。また、「紙本著色文殊仙寺境内図(しほんちゃくしょくもんじゅせんじけいだいず)」や三浦梅園(みうらばいえん)の「峨嵋山十四境(がびさんじゅうしきょう)」などに描かれている風致景観が現在も残っている。