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知事からのメッセージ 風紋 環境観測衛星「てんこう」開発物語

印刷ページの表示 ページ番号:0002049739 更新日:2019年1月21日更新

環境観測衛星「てんこう」開発物語

大分県知事 広瀬勝貞

「やってみよう。何とかなるだろう。」
 大分県航空機産業参入研究会アドバイザーの九州工業大学 奥山圭一教授から、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の環境観測衛星「てんこう」を造ってみないかと話を持ちかけられた時のことです。無知ほど恐いものはないと言いますが、何かにチャレンジする時は、余り知らない方が良いかもしれません。「人工衛星は初めての仕事だけど、うちの技術があればやれるだろう。」と軽い気持ちで、むしろいささか自信を持って答えたそうです。こうして、「てんこう」の共同開発に県内の「勇気ある?」ものづくり企業4社が乗り出しました。大分市の江藤製作所は外部構造、佐伯市のニシジマ精機は内部構造、杵築市のケイティーエスは衛星制御システム、そして、由布市のデンケンが電源・通信システムを担当しました。
 しかし、その自信も束の間、作業が本格化するにつれ、打ち上げの際の想像を絶する重力や振動に耐えられるか、一日の温度差数百度といわれる宇宙環境で安定的に作動できるかなど要求される条件が段々明らかになり、詳細な図面が送られて来ます。初めの自信は溜息と沈黙に変わって「難しい。できっこない。」と追い込まれます。しかし、ここで諦めてはそれこそ会社の信用に関わる、技術陣の研究開発魂に火がついて、もう消し止められない、やっぱり会社発展のビッグチャンスを逃すのはもったいないということで、勇を奮って前に進んだと言います。
 大分県の補助金などの後押しも少しは支えになったかもしれません。
  そして、平成30年10月29日13時08分、「お~、やった。成功だ!」、種子島宇宙センターの発射台から「てんこう」を搭載したH-IIAロケット40号機が飛び立った瞬間でした。大きな歓声と拍手が沸き上がる中、「てんこう」の関係者も、感動と安堵の表情を浮かべ空に消えゆく光を見続けていました。
 スリリングな1年半、やり遂げてみると企業として本当に一歩も二歩も前に進むことができたと実感すると皆さん言っていました。
 一番の成果は何といっても、大分県の中小企業が宇宙開発というこれからのフロンティアに踏みだすことができたことです。今回の「てんこう」の外部構造を規格化してこれからの小型衛星の需要に応えていこうというアイデアもある位です。
 もう一つは宇宙開発によって得た成果を、広く他の分野に活用することです。これだけ過酷な条件に耐えられるものを造ったわけですから、これを他の分野にも応用してビジネスチャンスを掴むこともできるようになります。
 三つめは人材の確保です。誰にとっても初めてというような研究開発要素の多い仕事に挑戦すると、それだけで優れた技術者を留め、若い技術者を引きつける会社の魅力になると思います。
  ものづくり企業だけでなく、すべての産業や仕事の未来には、足下を固める堅実な取組とともに、ときには星空を見上げて夢を追うようなチャレンジも大切ですね。

~県政だより新時代おおいたvol.122 2019年1月発行~