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知事からのメッセージ 風紋 再び8月に思うこと

印刷ページの表示 ページ番号:0002149198 更新日:2021年9月15日更新

再び8月に思うこと

大分県知事 広瀬勝貞

 

 今年1月、作家の半藤一利さんが亡くなりました。自他共に認める「歴史探偵」、氏の昭和史の探索にはこちらも読むほどに引き込まれて、いつの間にか一緒になって探索しているようなことがよくありました。今年の夏休みは「真珠湾の日」を読み返してみました。日米開戦に至る最終的な意思決定の経緯、それと不可分の日米交渉等の外交努力等々が詳しく論じられています。300万人の同邦が命を落としたあの悲惨を絶対に繰り返さないためにも、なぜあんな戦争が起こったのか、どこが悪かったのか、どこで誤ったのか、よく考えて歴史として書きとめておいて、その歴史の知恵で今の時代を照らしてみることが大事だと思います。私はその意味で今回は次の2つのことが心に残りました。
 一つは、当時の国の意思決定力の弱さです。
 大きな意思決定をするには、全体を総合的に見て最適の判断をする見識と、様々な意見を束ねて引っ張っていくリーダーシップ、最後は決断し実行する勇気が求められます。ところが、開戦に至る意思決定を見ると、それが全く欠けています。自分の平和構想が貫けないからとあっさり内閣を投げ出す無責任、統帥権を振りまわして中国大陸に兵を進める独善、国際社会の撤兵要求には日中戦争の成果を無にし、国の防衛を危うくすると自己防衛ばかりです。そして、戦うにしても資源エネルギーがないではないかと言われれば、南方に進出して、それを確保して継戦体制をつくる、それを本国に輸送する船は何とかなるという大言壮語もありました。すべて発想が縦割りで自分の持場だけ守っていればよい、それ以外は「我関せず」です。総合的に見て「戦争は無理だ、やれない」と判断する組織も人物もいません。そして最後は、いろいろ問題があるかもしれないが、やってみるしかない。勝算のない戦はやってはいけない、ここは一時撤退して臥薪嘗胆を主張する勇気ある発言が力を得ることはありませんでした。
 もう一つは外交の失敗です。
 日本は近代化とともに背伸びしながらも国際協調を堅持し、かろうじて発展してきました。それが満州事変、国際連盟脱退以来、国際的孤立を脱する有効な手を打てないまま、ABCD4カ国による包囲網まで追いこまれてしまいました。
 英米等とうまくいかないならと、日本は急遽独伊に接近し三国軍事同盟を結びます。そして対英米戦の準備をし、しばらくソ連とは事を構えないでおこうと思っている時に、そのドイツが日本の知らないうちに英国攻略を諦めて反転、ソ連を攻撃します。大事な戦略においてすら、情報不足、全く呼吸が合っていません。
 それに、日本の外交の暗号はアメリカに解読されて、日米交渉はこちらの手の内をすべて見透かされた上での交渉となっていたのも悲劇的でした。
 本書の中に、月刊誌「文芸春秋」昭和16年1月号のアンケート調査結果が引用されています。「日米戦は避けられると思うか」という質問に対して、回答は「避けられる412、避けられない262、不明11」。調査が行われたのは昭和15年末ですが、著者は3分の1強の日本人が「もはや戦争は避けられない」と考えていたことに驚いています。私はむしろあそこまで追い詰められた中でも、6割強の日本人が「戦争は避けられる」と考えていたことが意外でした。日中戦争は収束の目途が立たず、欧州で第2次大戦が激化し、日本の国際社会における孤立も深まる中、多くの日本人が日米戦まで至らないでも、何とかなるだろうと考えていたわけです。
 人間の思考は安全無事の方向に偏りがちだといわれています。安全な島国にいるから、余計そう感じるのかもしれませんが、私たちは普段から余程心して国際社会の動き、それが日本の平和に与える影響について考えておく必要があります。

 

~県政だより新時代おおいたvol.138 2021年9月発行~

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