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大友宗麟

印刷用ページを表示する掲載日:2021年3月4日更新

大友 宗麟(おおとも そうりん)大友宗麟
 享禄3年〈1530〉~天正15年〈1587〉

【人物紹介】

豊後国府内(大分市)に生まれました。

大友氏は、鎌倉時代から豊後国の守護で、宗麟は21代目の当主です。

子どものときの名は塩法師[しおほうし]といい、成人して義鎮[よししげ]、永禄5年(1562)に宗麟と名乗りました。

北部九州を広く支配した戦国大名で、キリスト教を信仰し、諸外国と貿易したことで知られます。


【関係する主な人物】

○ザビエル(キリスト教イエズス会士)…日本をはじめアジアで布教しました。天文20年(1551)に宗麟と初めて会いました。以後、宗麟はキリスト教を信仰するようになりました。

○ヴァリニャーニ(キリスト教イエズス会士)…天正8年(1580)に宗麟と会い、コレジオ(学校)の建設などキリスト教布教のしくみを整えました。また、ローマへ少年使節を派遣することを計画しました。

○大内 義隆[おおうちよしたか](戦国大名)…周防・長門国(山口県)を支配しました。九州北部の支配をめぐって、大友宗麟と争いました。

○豊臣 秀吉[とよとみひでよし](戦国大名、関白、太閤)…天正13年(1585)以後、激化した島津氏との争いで、宗麟は秀吉に援助を求めました。秀吉は島津氏との戦いに勝ち、九州平定が進みました。


【関連事項・キーワード】

戦国大名大航海時代、キリスト教、南蛮貿易

先哲映像 大友宗麟 篇   https://www.youtube.com/watch?v=TJoMBW90IF4