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新時代おおいたNo.80

印刷用ページを表示する掲載日:2012年1月21日更新

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特集1    新春対談 世界へ飛び出せ「大分のものづくり」
特集2    大分県長期総合計画 安心・活力・発展プラン2012年度改訂版まとまる
風紋     80歳の私は倖せ
トピックス   設計者が提案した大分県立美術館
県民ひろば 冬もみんなで節電に取り組もう
お薦め図書コーナー 心ひらいて  とよの国の食彩

 

特集1 世界へ飛び出せ「大分のものづくり」   

新春対談集合写真

広瀬 あけましておめでとうございます。

 今日は「世界へ飛び出せ『大分のものづくり』」と題して、一足先に大分県から世界に活動の場を広げておられる、株式会社アキ工作社の松岡勇樹さん、竹工芸家の森上仁さん、タカキ製作所株式会社の高木奈保子さんをお迎えして、お話を伺います。

広瀬知事 高木奈保子さん 松岡勇樹さん 森上 仁さん
     広瀬勝定知事          高木奈保子さん         松岡勇樹さん、        森上仁さん

原点となった仕事~発送の転換と現在~

広瀬 皆さんは、大分で仕事を始めて、発展させて、世界に向けて活動をされておられますが、今日を築くまでには、時の運、ご自身の決断、仲間とのチームワークなど、いろいろなことがあったと思います。これまでの思いやきっかけについて、教えてください。

高木 私は、約9年前に思いがけず会社を引く継ぐことになりました。全く自信はありませんでしたが、周囲の助けにより、 何とかここまでくることができました。

広瀬 主婦から急きょ社長へと転身されたことは、本当に大変だったと思います。経営者としてのご苦労が多かったのではありませんか。

高木 会社に対する責任はとても感じていますが、苦労をしているとは考えられないんですよね。自分に与えられた仕事だから、大きな意味での「収入を得るための仕事」ではなく、「与えられた使命」みたいなものだと思っています。

 私一人の力では何もできませんが、これまで支えてくれた人達とのつながりのおかげで、今、この場所にいるのだと実感しています。

広瀬 半導体製造装置を作るといえば、多くの技術者や腕のいい職人さんがいらっしゃると思いますが、時として、コスト面などで議論を交わすこともあるのではないですか。

高木 確かに、経理的には、いい物を早く仕上げて低価格で提供できれば、他社と競争ができますね。でも、やはり製品は会社の顔ですから、常にいい物を作りたいと思っています。ですから、利益は少なくても成果が出ると嬉しくなっちゃいます。

広瀬 すっかり、ものづくり企業の社長さんですね。
 森上さんはいかがですか。

森上 私が竹細工を始めたのは、35~36年前になります。最初は、たくさんの竹かごをはじめ、食器や床の間に置く花かごを作っていました。今のバンブーアートと呼ばれる作品を作るようになったのは、約15年前です。

広瀬 しばらくは職人として仕事をされていたということですが、職人の命は伝統と言います。アーティストは、その反対で創造性が必要となりますが、無理なく方向転換できましたか。

 森上 最初に訓練をして基礎をたたき込んでいたので、あとは創造の世界に入っても、自然とイメージが浮かんできてあまり苦労はしませんでした。

広瀬 職人として経験を積むうちに、アーティストとしての基礎もできたということですか。

森上 そうですね。職人時代も、商品開発で30種類ぐらいの花かごなどをデザインして市場に出していたので、もともと発想することにはあまり困った記憶がないですね。

広瀬 すごいですね。

 続きまして松岡さん、ダンボールを活用して、立派な立体造形品にしてビジネスにしたところがすごいなと常々感心しています。どういうきっかけですか。

松岡 妻がニットのデザインをしていて、初めての展示会でディスプレイするためのマネキンを探していたんです。私は、もともと建築の設計をやっていたので、ちょうどいいマネキンがないなら自分達で作ろうと思ったのがきっかけです。まつお段ボールを選んだ理由は、安いからです。当時は、時間はあるけどお金がない状態だったので、必然的に段ボールという素材しか選べませんでした。それが、いつのまにか市場のニーズや周囲の応援があって、形を変えながら、今に至ります。

広瀬 客層を広げていったきっかけはありますか。

松岡 ホームページと展示会ですね。1998年にアキ工作社を立ち上げた時、全く同じタイミングでインターネットが普及してきたので、まずはホームページからお客さんが広がりました。それから展示会に出すようになって。どちらかと言えば、自分が作った作品が背中を押してくれた感じですね。

梱包用製造装置  松岡さんが最初に作ったマネキン  バンブーアート

半導体製品出荷梱包用装置      松岡さんが最初に作ったマネキン      森上さん作バンブーアート
(タカキ製作所株式会社)

飛び出せ!世界へ

     

広瀬 今度は、皆さんが大分県から世界へと活動の場を広げている考えやきっかけを伺います。
 森上さんの作品は、バンブーアートとして海外で本当に人気が高いですよね。

森上 作った作品のほとんどをアメリカに送っている状況ですね。

広瀬 アメリカというと、何かきっかけがあったのですか。

森上 約15年前に、竹製品を専門に扱っているギャラリーのオーナーが私の工房を訪ねてきたんです。「これがいいから、送ってくれないか」という感じで、最初は知らない外国人が来たなというイメージでした。だから、自分から海外に売り込んだという感じではありませんね。 

広瀬 ニューヨークのメトロポリタン美術館も、森上さんの作品を購入して収蔵されているんですよね。 

森上 とても運が良くて、2年前にニューヨークで行われたアートフェアに出展した時、メトロポリタン美術館の日本担当の学芸員の先生が偶然私の作品を見てくれたそうです。それがきっかけで、美術館の企画に合ってるということで購入してくれました。

広瀬 竹工芸品の素晴らしさは、世界共通なんですね。そういえば、数年前に大分県立芸術会館で竹の展覧会が開かれましたよね。あの時も、ニューヨークから森上さんのファンが見に来ていてびっくりしました。

森上 アメリカ人は物を集めるコレクターが多く、竹工芸の分野でも、結構多くの人がいますね。

広瀬 そういう人が世界中にいるというのはいいですね。
 続きまして、松岡さんは、どういったきっかけですか。

松岡 私は、国内も国外市場も同じパターンですが、展示会中心ですね。
 最初は、約8年前、東京の展示会に出展した時に、フランスのバイヤーが目を留めて、作品をすごく気に入ってくれたんです。1週間後には契約書が送られてきました。私は、海外での取り引き経験はありませんでしたが、やってみないとわからないということで、始めてみました。それがきっかけで、ヨーロッパから韓国、アメリカへとだんだん広がっていきました。

広瀬 いい物はどんどん広がっていきますね。
  ですが、松岡さんの作品は段ボールを組み合わせて作るので、知的財産権の保護という意味では大変苦労をされているのでは。

松岡 そうですね。最初にヨーロッパとの取り引きが始まった時には、それを一番気にして、Pctという国際特許の申請をしました。でも、結果的に特許を取得したのは国内だけです。それは、全世界で特許を取ろうとすると、ざっと計算しただけでも5000万円以上かかるんです。そのお金があれば、機械買ってたくさん作った方がいいと思ったからです。

 それに、仮に特許を取ったとしても抜け道はたくさんあるので、それを気にするよりも、他の追随者が追いつけないぐらいのスピードで、常に新しい物を開発していこうという方針に切り替えました。これは、今でも続いています。

広瀬 なるほど。特許は、本拠の日本で押さえておいて、あとは追いつかれる前にどんどんいい物を作るということですね。
 次に、高木さん。半導体製造装置は海外にも輸出しているんですよね。どういう国と取引をしているんですか。

高木 以前は、直接取り引きではなく、大手企業を通じてタイ、台湾、マレーシアに商品を納めていました。でも、その企業は海外に生産拠点を移したんですね。それで、国内だけでは、当社の装置販売台数は頭打ちになると思い、新たな販路として海外、特にアジアに目を向けるようになりました。その際に問題になったのが価格面です。どうしても日本で作るとコストダウンができないのが悩みでした。

 そこで今回、台湾の会社と協力して生産を始めようとしています。お互い足りないものを補っていければと思っています。まだ準備段階なので実績はありませんが、海外で拠点を作れば、新たな販路が増えて、いろんな方向に話が広がると期待しています。

広瀬 高木さんの場合は、半導体メーカーが海外へ生産拠点を移したことで国内市場が縮小するという逆境を好機ととらえて、今では台湾メーカーと一緒に海外生産を始めようとするというところまで進んだのですね。

高木 まだまだこれからですが、頑張っていきます。 

更なる飛躍へ~新年の夢と抱負~

 

金龍と一輪挿し

広瀬 最後に、皆さんに新年の夢や抱負をお伺いします。

松岡 毎年、干支のモデルを作っていますが、制作した金龍にあやかって、飛躍の年にしたいです。
 そして、去年3月の震災を受けて、これからの日本市場や自分達の生活について会社全体で話し合い、解決策を見いだしました。

 一つは、海外進出です。もう一度、海外市場の開拓をするためにやり直そうと思っています。昨年は3回ニューヨークの展示会に出展しましたが、今年も継続します。
 もう一つは、自分の生活圏である国東半島に眠っている資源を再発見して、それを何らかの形で事業にすることです。海外と地元という両極ではありますが、双方のバランスを取って意欲的に取り組みます。 

森上 今年からの目標は、将来のために若い世代の人材育成をすることです。
今、竹工芸品を制作している人の平均年齢は多分70歳近くになっています。別府は真竹の生産量日本一の産地であり、竹工芸・訓練支援センターもある恵まれた環境ですから、5年間で5~6人を育てる計画を立てています。
私の工房には、若者が二人来ていますが、物を作る以上に人を育てるのはとても大変ですね。 

高木 去年、海外進出への足掛かりができたので、今年は共同生産をする半導体装置が台湾で売れたらいいなと思っています。
 そして、当社は注文生産体制なので頼まれてから製造していますが、同じ技術ではなく、お客様と一緒に、日々進歩をしていきたいです。そうすれば、必然的にきちんとした物が残ると考えています。

広瀬 皆さんの抱負を語っていただきましたが、私自身も、今年は世界の活力を大分県へという思いで取り組んでいきます。
 世界には、いろんな可能性があります。国内とは違いますから、思わぬ落し穴があったり、勝手が違うこともありますが、必要な情報を入手しながらしっかりリスク対応をしていくことも大事ですね。
 とにかく世界に挑戦をして、そして世界の元気を大分県に持ち込みたいと思っています。

 それでは、良いお年になりますように。今日はありがとうございました。 

(1月2日放送 OAB新春特別番組要旨)

 

 

 


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