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名勝耶馬渓 ~いま、ふたたび66景をめぐる~

印刷ページの表示 ページ番号:0002058471 更新日:2019年4月19日更新

頼山陽が名付け、福澤諭吉が護り、菊池寛が物語を紡いだ

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 江戸時代後期、山国川流域に広がる奇岩と渓谷の自然美を頼山陽は『耶馬渓』と呼んだ。
 以来、悠久の時の流れが造り上げた奇跡の山水は広く知られるようになり、訪れた多くの人々を魅了してきた。
 明治、大正、昭和。
 そして平成29(2017)年。広大な景勝地・耶馬渓の歴史や文化を語るストーリー「やばけい遊覧〜大地に描いた山水絵巻の道をゆく〜」が日本遺産に認定された。
 ぜひ多くの方々に耶馬渓を歩き、時に自転車でその素晴らしさを体感してもらいたい。

頼山陽 ~『耶馬渓』のはじまり~

文政元(1818)年、山国谷を訪れた頼山陽はその壮大な景色、山水の美しさに感銘を受け、「耶馬渓山 天下に無し」と絶賛し、全国へその名を広めた。

福澤諭吉 ~日本におけるナショナルトラスト運動の先駆け~

明治27(1894)年に中津に帰郷した福澤諭吉は、故郷である競秀峰の山々が売却されることを知り、自分の名を出さずに土地を購入することで競秀峰の景観を護った。諭吉が護り抜いた景観は今も訪れる人々を魅了している。

菊池寛 ~耶馬渓を舞台にした名作「恩讐の彼方に」の作者~

大正8(1919)年、菊池寛による短編小説「恩讐の彼方に」が発表された。「恩讐の彼方に」は青の洞門に残る禅海和尚伝説を基にした物語で昭和36(1961)年にはテレビドラマ化もされている名作である。 

表紙

名勝耶馬渓~いま、ふたたび66景をめぐる~

【発行日】 平成31年3月29日

【発行】 大分県北部振興局(地域振興部)

【企画・取材】 米村奈穂

【印刷製本】 佐伯印刷株式会社

【本書・本HPを読む前に】
・掲載情報は2018年12月現在のものです。
・道路や周囲の状況が変化していることも予想されます。
・景周辺は充分にご注意ください。
・掲載情報は、以下報告書に依拠しています。
 ※名勝耶馬渓保存管理計画報告書(2011年3月県教委)
・冊子は、中津市内及び玖珠町内の観光施設などに配置しています。
 ※配置の有無は、在庫の状況により変動します。
・冊子を希望する場合は、以下までお問い合わせください。

66景導入

名勝耶馬渓66景 (冊子P41~)

大正時代に指定された名勝耶馬渓66景。

溶岩台地と川の流れが造りだした特異な地形、
それを彩る動植物に加え、社寺、遺構、伝説などの人文資源。
これらが暮らしと見事に調和していることが景勝たる所以である。

しかし、人も自然も時とともに刻々と変化する。
先人たちが伝え残してくれたこの景観が、
人知れず朽ちてしまうことのないよう、ここに紹介する。

【本耶馬渓】 競秀峰の景、羅漢寺の景、他15景
【東耶馬渓】 八面山の景、地蔵峠の景、他5景
【津民耶馬渓】 擲筆峰の景、大屋敷の景、他11景
【奥耶馬渓】 猿飛の景、天ノ岩戸の景、他6景
【深耶馬渓】 深耶馬渓及び麗谷の景、他3景
【裏耶馬渓】 金吉谷の景、立羽田の景、他7景
【南耶馬渓】 清水瀑園の景、角埋山の景、他2景
【椎屋耶馬渓】 龍泉寺の滝の景、仙ノ岩の景、他2景