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柳原 白蓮の「歌の石碑」 -別府市-

印刷用ページを表示する 更新日:1995年7月1日更新

1995年7月号 広報おおいた

柳原 白蓮の「歌の石碑」 -別府市-

説明

大正時代から昭和初期にかけての歌人で、美貌の才媛として知られていた柳原白蓮は、京都の伯爵家に生まれた。本名は助ア子(あきこ)。16歳にして養女先の子息と結婚させられるが、すぐに離別。27歳の時、筑豊の炭鉱王伊藤伝右衛門と再婚する。別府の赤銅御殿と呼ばれた別荘での生活が始まるが、その後の青年社会運動家、宮崎竜介との恋話は有名。白蓮は、身をもって自由な生き方を望んだ女性といえる。「和田津海の 沖に火燃ゆる 火の国に 我あり誰そや 思はれ人は」赤銅御殿跡の公園には、白蓮が情熱を込めて読んだ歌の石碑が、今でもひっそりと立っている。

場所

別府市

カテゴリー

文化・史跡

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