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「安心院ワイン」存続を賭けた農業参入

印刷ページの表示 ページ番号:0002248616 更新日:2023年12月29日更新

「いいちこ」よりも先だった!ワインの開発


安心院ワイン

 

 “下町のナポレオン”の愛称で親しまれる麦焼酎「いいちこ」は、1980年代に爆発的なブームを巻き起こして以来、今もなお愛され続け、世界の視線をも釘付けにする商品だ。その製造・発売元である〈三和酒類株式会社〉が、実はいいちこよりも早く開発に着手したのが「ワイン」。もともと3つの酒蔵が共同で起ち上げた同社は、清酒の出荷量が先細りする中、1971年にワインの醸造を始めたのである。

 2001年には、宇佐市安心院(あじむ)町にワイナリー〈安心院葡萄酒工房〉をオープン。現在は年間15万本を出荷しており、ワイン特区に認定された地域を牽引する存在だ。近い将来には出荷量を倍増させる計画だというが、その原料となる醸造用ぶどうの栽培を担っているのが、三和酒類が出資する〈株式会社石和田産業〉だ。

 

エントランス
▲貯蔵庫とショップがワイン畑に囲まれたワイナリー〈安心院葡萄酒工房〉のエントランス

 

志を貫くため。必須だった自社農園の設立


 石和田産業の前身は、1965年に発足した〈農事組合法人石和田産業組合〉。現在は三和酒類の本社工場がある土地でみかんや柿を育てていたそうだが、大々的に事業を展開していたわけではなかった。ところが同じ頃、安心院町で農地開発事業の一環としてぶどうの栽培がスタート。これを受けて、三和酒類の志に「安心院産のぶどうでワインをつくりたい」という目標が加わった。

 とはいえ醸造を始めた1970年代当初、ワイン専用品種はまったく栽培されておらず、食用のマスカットベリーAやデラウェアが主流だった。地元の生産者からそれらを仕入れつつ、外国からもワイン専用品種を輸入して研究開発に打ち込む日々。やがて意欲ある生産者に協力してもらい、少しずつシャルドネやメルローといった品種を地元で調達できるようにもなった。すると「もっと多くのワイン専用品種を地元で仕入れたいという思いが強くなっていった」と振り返るのは、石和田産業の社長であり、ワイン醸造技術者“エノログ”としても活躍する古屋浩二さんだ。

古屋社長
▲ワイン醸造の技術者でもある古屋浩二社長

「品質を追求するうちに、いろんなことを試したくなったんです。ところが、私たちの思いとは裏腹に、生産者さんたちにはワイン用のぶどう生産へ舵をきってもらえなくて。ベリーA、デラウェアから巨峰、ピオーネなど高価格帯のぶどうへの転換も進んでおり、それらを食用として市場に出荷したほうが儲かりますから、当然ですよね。また、ゆくゆくは農業人口が高齢化して収穫量自体が減るだろうと予測もしていたので、安心院のぶどうでワインをつくるためには“育てること”を真剣に考えないといけないと思い、自社で栽培に取り組むことにしました」

 

国の事業を活用して土地を拡大。収穫量も順調に推移


 2009年、三和酒類は農事組合法人を〈株式会社石和田産業〉に組織変更し、アグリビジネスへ参入した。最初の課題は、土地の確保。「ワイナリーの周辺にぶどう畑があるとインパクトがある」と、まずは安心院葡萄酒工房を囲む3.3haの下毛圃場を開拓した。〈あじむの丘農園〉と命名した最初の自社農場である。

圃場遠景
▲中央の建物がぶどうの貯蔵庫や工房。その周辺を約4haのぶどう畑が囲む下毛圃場

 

 次に奔走したのが、ワイン専用品種の苗木を入手すること。たった十数年前の話だが、日本国内にはまだ醸造用品種の苗木が潤沢になく、国内のワイナリーを何軒も訪ね歩き、十数種類の穂木を分けてもらったという。その貴重な穂木で試験栽培を始め、安心院の風土に適した品種を選定。2011年に初めて植栽をし、2年後に24tを初収穫した。

 ちなみに安心院の丘農園では、ぶどうの樹の仕立て方に棚栽培を採用している。樹勢を抑えながら、樹の生育よりも実にエネルギーを行き渡らせる方法で、もともと土地の肥沃な安心院町のぶどう農家で続けられてきた栽培方法だ。農場を拓く際には、機械を導入しやすく、また圃場を広げやすい垣根栽培の試験栽培にもチャレンジしたのだが、棚栽培のほうがワインに適した質の良いブドウが実ったという。

 こだわりたいのは、安心院の土壌や気候、風土を感じられるワインづくり。その点、土壌に適した栽培方法を選択することは不可欠だったのだ。

収穫風景
▲土地の気候・風土を色濃く反映するぶどう。その味がワインの品質を左右する

 

 下毛圃場が稼働し始めた頃にはワインの生産量も増え、さらなる農地が必要になってきた。そんな石和田産業に朗報が届いたのは、2016年のこと。宇佐市駅館川地区で、荒廃農地の再生などを目的とした国営緊急農地再編整備事業が進んでおり、これに参入することが認められたのだ。現在までに矢津圃場5ha、大見尾圃場7.6haの開墾、植栽を終えており、収穫量は初年度の5倍に増えている。

基盤整備
▲山林を切り拓いた広大な大見尾圃場。下毛、矢津の圃場での経験を活かし、水捌けを考慮した暗渠排水を導入

「広大な土地が確保しづらい大分県において、偶然にも大規模な開拓事業に参入できたのはタイミング的に幸運でした。土づくりに始まる栽培技術を独自に磨きながら、土地探しから技術指導に至るまで県や市にもたびたび相談し、熱心に協力いただいたおかげで、順調に収穫量を増やすことができています」

 描いているプランでは、2030年までに当初の10倍にあたる220tの収穫を目指している。安心院ワインの醸造を始めた頃は、その9割程度を食用品種からつくっていたが、最終的には9割をワイン専用品種に切り替える予定だ。

 

地域、そして日本ワイン業界の未来にも貢献したい


 アグリビジネスの難しさに直面するのは、気候条件が思い通りに整わない時。傾斜のある土地を利用し、暗渠排水を整備して水捌けの良い土壌をつくっても、台風の被害を受けて大部分が収穫できなかったこともあるし、霜害に遭ったこともある。リスクとは常に隣り合わせで、研究開発に充てる費用のことも考えると、経営を安定させるためにあらゆる面で開発は不可欠だ。

 ただし利益だけを追求するのではなく、地域のため、ワイン産業のために貢献できることも模索したいという。 

「ぶどうを生産するだけの会社でありたくないんです。法人化したきっかけはワインをつくるぶどうが足りなかったからですが、今は“世の中のためにできること”を考え、石和田産業の未来を見据えています」

障がい者雇用
▲社員は少数精鋭。繁忙期には地元の障がい者を雇用している

 すでに動き始めているプロジェクトもある。ワイン用ぶどう品種の育苗を支援する取り組みだ。

 100年の歴史を超える日本ワイン業界は、近年の発展が目覚ましく、国内にあるワイナリーは500軒を数えるほどに成長している。ただ、ワイン用ぶどう品種の苗木を入手しやすくなったかというと、そうではない。

 この課題を克服するため、〈日本ワインブドウ栽培協会(JVA)〉が苗の供給システムを構築しようとしている。協会に加盟している石和田産業は、海外から日本に初めて輸入した苗をウイルスフリーの環境で試験栽培し、日本の気候に適した健全な苗として育苗業者へ供給する役割を担っているのだ。

 その一環で、安心院オリジナル品種の開発にも取り組んでいる。共に開発を進めてきた大分県農林水産研究指導センターと、大分弁や名所など地域を感じさせるネーミングを着想。宇佐神宮にちなんだ「カミ(神)ノワール」など6品種の登録を出願中で、2026年頃にはオリジナル品種で醸すワインが誕生する予定だ。

ぶどう苗
▲交配した後のブドウから採取した種を植え、育種した苗

 地域との関係も密接。自社農園を拡大したとしても契約栽培農家の存在は不可欠で、ワイナリーの開園当初から協力してくれている生産者に感謝しつつ、これからも生産量の一部を担ってもらいたいという。

「新規就農者の激励会に参加すると、いつも“ワイン品種をつくっていただけたら、いくらでも受け入れます!と話しているんです。それに宇佐市はワイン特区ですから、点在するほどワイナリーが増えて、ワインの産地として地域が盛り上がると面白い。個人でも企業でも、やってみたいという方、大歓迎です」

 

ワインを「アグリビジネスから突き詰める」醍醐味


 瓶内2次発酵を実現したスパークリングワインの受賞を皮切りに、近年数々のワインコンクールに名を連ね、年々、評価が高まっている安心院葡萄酒工房のワイン。2023年春には、アジア最大のワインコンペティション「サクラアワード」で「安心院ワイン キャンベル・アーリー 2022」がグランプリを初受賞し、昨今は実力派ワイナリーとして注目されている。見据えているのは、世界だ。

「そもそもアグリビジネスに参入していなかったら、安心院ワインをつくり続けることはできなかったと思います。ベストなワインとは、お客様が“美味しい”と言ってくださるもの。そのために何ができるのか、これからもとことん考えていきたいですね。安心院の風土が詰まった安心院ワインの味を、農業という側面から突き詰めていくのは、とても面白いです」

企業概要

農業を行う法人名 株式会社石和田産業
参入企業名    三和酒類株式会社
参入年度       2011年3月
所在市町村      宇佐市
経営品目、面積  ワイン用ぶどう/16.4ha(23年度実績)
直近売上高    4600万円(23年度実績)
従業員数     社員5名、業務委託14名(23年度9月時点)