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大分県の歴史

印刷ページの表示 ページ番号:0002027328 更新日:2018年5月17日更新

大分県の歴史

明治 4年(1871)大分県となる。
初代大分県知事(しょだいおおいたけんちじ) 森下 景端(もりした かげなお)氏。写真:森下景端氏
明治 5年(1872)県庁(けんちょう)ができる。
明治 9年(1876)今の大きさの大分県ができる。
明治44年(1911)大分市ができる。
明治44年(1911)小倉(こくら)から大分に鉄道(てつどう)がとおる。
大正 5年(1916)日豊本線(にっぽうほんせん)が佐伯(さいき)まで開通(かいつう)する。
大正 9年(1920)国勢調査(こくせいちょうさ)がある。大分県の人口86万人。
大正11年(1922)大分高等商業(おおいたこうとうしょうぎょう)が開校(かいこう)する。
大正13年(1924)別府市ができる。
昭和16年(1941)太平洋戦争(たいへいようせんそう)がはじまる。
昭和20年(1945)戦争が終(お)わる。
昭和22年(1947)知事が県民の選挙(せんきょ)で選(えら)ばれる。細田 徳寿(ほそだ とくじゅ)氏。
昭和30年(1955)大分県の人口127万7千人。
昭和34年(1959)臨海工業地帯(りんかいこうぎょうちたい)の建設起工式(けんせつきこうしき)。
昭和37年(1962)県庁が今の場所に建(た)てられる。イラスト:県庁
昭和41年(1966)国民体育大会(こくみんたいいくたいかい)が初めて大分で開催(かいさい)される。
昭和46年(1971)新大分空港(しんおおいたくうこう)が安岐町(あきまち)がオープンする。イラスト:大分空港
昭和47年(1972)新日本製鐵(しんにほんせいてつ)第1号高炉(だいいちごうこうろ)が動き始める。
昭和54年(1979)「一村一品運動(いっそういっぴんうんどう)」はじまる。
平成 6年(1994)県から初めての内閣総理大臣(ないかくそうりだいりん)が生まれる。
村山 富市(むらやま とみいち)氏
平成 8年(1996)九州横断大分自動車道(きゅうしゅうおうだんおおいたじどうしゃどう)が完成する。
平成12年(2000)立命館(りつめいかん)アジア太平洋大学が開学(かいがく)する。
平成14年(2002)ビッグアイ(大分市)でFIFAワールドカップが開かれる。イラスト:ビッグアイ
平成15年(2003)大分県行財政改革(ぎょうざいせいかいかく)がはじまる。
平成の市町村合併(しちょうそんがっぺい)はじまる。
平成20年(2008)第63回国民体育大会が大分で開催される。イラスト:めじろん
平成27年(2015)東九州自動車道(ひがしきゅうしゅうじどうしゃどう)が全線開通する。

有名な大分県人

近世:安土桃山、江戸時代

 大友宗麟大友 宗麟(おおとも そうりん)(大分市)
戦国武将(せんごくぶしょう):1530~1587年

キリスト教を保護(ほご)・推奨(すいしょう)して、西洋文化(せいようぶんか)をいち早く取り入れ、ポルトガルと親交(しんこう)を結(むす)んだキリシタン大名(だいみょう)です。

 前野 良沢前野 良沢(まえの りょうたく)(中津市)
中津班医(なかつはんい):1723~1803年

解剖書(かいぼうしょ)「ターヘル・アナトミア」を杉田 玄白(すぎた げんぱく)らと翻訳(ほんやく)して、「解体新書(かいたいしんしょ)」として出版(しゅっぱん)しました。 

 田能村竹田田能村 竹田(たのむら ちくでん)(竹田市)
南画家(なんがか):1777~1835年
日本南画協会(にほんなんがきょうかい)を設立(せつりつ)しました。
山水(さんすい)、花木草、人物、鳥獣(ちょうじゅう)と多くの作品を残(のこ)しました。代表作のいくつかは国の重要文化財(じゅうようぶんかざい)に指定(してい)されています。
肖像画:広瀬淡窓広瀬 淡窓(ひろせ たんそう)(日田市)
儒学者(じゅがくしゃ)、教育者:1782~1856年
近世最大の私塾(しじゅく)「咸宜園」(かんぎえん)を開いて教えました。
その建物は今も日田市に残っています。
三浦 梅園(みうら ばいえん)、帆足 万里(ほあし ばんり)とともに豊後三賢(ぶんごさんけん)の一人と言われています。

近代・明治以降

福沢諭吉福沢 諭吉(ふくざわ ゆきち)(中津市)
啓蒙思想家(けいもうしそうか):1835~1901年
一万円札にのっています。
「学問のすすめ」「西洋事情」という本を書きました。
慶應義塾大学(けいおうぎじゅくだいがく) のもとになる学習塾(がくしゅうじゅく)を開きました。
 滝廉太郎滝 廉太郎(たき れんたろう)(竹田市)
作曲家:1879~1903年
「荒城(こうじょう)の月」「花」などの名曲を残(のこ)しました。
竹田駅では、列車(れっしゃ)が入ると「荒城の月」の音楽が流れます。 
 野上弥生子野上 弥生子(のがみ やえこ)(臼杵市)
小説家:1885~1985年

夏目 漱石(なつめ そうせき)の指導(しどう)をうけて小説を書きはじめ、「海神丸(かいじんまる)」「秀吉と利休」などたくさんの作品を発表しました。

 双葉山定次双葉山 定次(ふたばやま さだじ)(宇佐市)
大相撲力士(おおずもうりきし):1912~1968年
昭和11年から3年間勝ち続け、前人未踏(ぜんじんみとう)の69連勝をなしとげました。
「すもうの神様」といわれ、引退後(いんたいご)は、日本すもう協会の理事長(りじちょう)になりました。